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「新しい」戦争諸論に見る三つの潮流
小沢知裕(2018.8.5)



1. 冷戦後の諸議論

 冷戦後、戦争の態様が変わったとの議論は数多い。フランシス・フクヤマによって、イデオロギー対立の終焉が描かれ、サミュエル・ハンチントンによって、イデオロギー対立の時代から文明が異なるグループ間での暴力闘争の時代への移行が主張された [フクヤマ] [ハンチントン]。どちらも広く論議を巻き起こす議論であった。

 また、ロバート・ケーガンは軍事的に弱い欧州が米国と異なるスタンスを取り、武力に訴えることを忌避し、交渉による解決を目指すと指摘する [ケーガン]。これと対比できる議論として、戦争に対する西洋のスタンスの変化を指摘するクリストファー・コーカーの主張がある。自軍のみならず敵軍にも死傷者を出すまいとする考え方が西洋に普及しているという主張である [Coker]。前出のケーガンの主張と併せると、戦争に対するスタンスの米国、西洋、世界の重層的な相違が見えてくる。


2. 非国家主体との戦争

 フクヤマ、ハンチントンの議論から数年後、英国の国際政治学者メアリー・カルドーは非国家主体による「新しい戦争」に対抗する主権国家や国際社会側の課題を描いた [カルドー]。これに限らず、非国家主体との戦いは通常兵器の優位のみでは対抗できないとする問題意識が、米英を始めとする軍事力や軍事技術に優越する国家側に見られる。これら議論に付随して、主権国家による組織的暴力の独占が失われつつあるのではないかという問題意識も見られる。例えば、米国の伝統保守主義者から、同様の動機に基づくと思われる議論が提起されている [Lind , Thiele]。


3. 軍事超大国への対抗

 前節で挙げた議論とは反対に、軍事的に劣位に立つ国が軍事超大国の通常兵器による質的、量的な圧倒に如何に対抗するかという問題意識を背景とした議論が欧米以外に見られる。中国の士官による『超限戦』 [喬良 , 王湘穂]、ロシアにおけるハイブリッド・ウォーフェアの議論がそれである [Chivvis]。ここでは、サイバー戦、情報戦や、経済戦争、ときにはテロ行為や反社会的組織の活用などが描かれる。

 これらと似た議論として、戦争における同様の技術的な変化に着目した、英国の研究機関によるリモート・ウォーフェアという概念がある [VERTIC]。これは、恐らく先述の二者とは動機が異なるものである。そこではサイバー攻撃や無人機攻撃といった遠隔地からの攻撃や、通常兵力の投入とは性質を異にする民間軍事会社や特殊部隊の使用が議論の対象とされている。


4. 新しくない「新しい」戦争論とそれでも新しいこと ― 潮流その1

 冷戦後の議論を概観してみると、おおよそ三つの潮流が見えてくる。その一つは、『超限戦』やハイブリッド・ウォーフェアなどの議論で主張される、様々な一方的・対立的外交手段や秘密工作を戦争の一形態と見なす議論である。これらの概念は、何者にも抗し得ないと思われる程に発達した軍事超大国米国への対抗の必要性から提起されたものと、逆に、これらの国家や前出の非国家主体による対抗を目の当たりにして問題意識を持った米国や同盟国側の双方から提起されている。しかし、戦争を「異なる手段をもってする政治の継続」として、暴力を用いた国家間交渉の一形態と捉える考え方は、既に19世紀にプロイセンの軍人クラウゼヴィッツが唱えて以来、研究者の間では広く認識されてきたものである。このような認識が普及している中で、一部の一方的・対立的外交手段や秘密工作を戦争の一形態であると訴えることは、それだけでは必ずしも新しい議論とはいえない。とするならば、20世紀末以降、異口同音に提起されている、これら「新しい」戦争諸論の新しさとは何なのだろうか。

 例えば、ロシアのハイブリッド・ウォーフェアはソビエト時代にアクティブ・メジャーズと呼ばれた情報戦(あるいは諜報活動)と比べて、何が新しいのだろうか。それは、それらの活動が情報技術の進歩やロシアと世界との密接化によって、規模と目的の両面で拡張されていることにあると説明されている [Chivvis 8]。ロシアによる2016年の米国大統領選への干渉などは、情報戦に長期に亘って力を入れてきたロシアによる一つの成果ともいえるが、やはり、これだけの破壊力、影響力を発揮したことは初めてだろう。このようなことは近年の情報技術の発達によって初めて実現したものであり、新しい現象と捉えることができる。


5. 主権国家による暴力の独占の終焉 ― 潮流その2

 もうひとつの潮流はカルドーの「新しい戦争」論に見られるような主権国家による暴力の独占の喪失を主張するものである。カルドーは、この喪失を後押しするものとして、技術の進歩とグローバリゼーションを挙げている。17世紀の欧州から広まったとされる主権国家による暴力の独占が、もし崩れ始めているとするならば、そして今後、本当に崩れ去るとするならば、その時は有史数千年来、主権国家による暴力の独占がたかだか3百有余年のまたたく間の流行に過ぎなかったということになるのだろうか。実際のところ、上述の諸議論の中に、主権国家時代が全世界的に終焉を迎えるとまでする主張は見られない。それらのもっぱらの関心は、非国家主体の仕掛ける特殊な戦争に対し如何に対抗するかという点に向けられている。

 カルドーは武装した非国家主体がハゲワシのように「解体しつつある国家の残滓」を食い物にする様子がコーカサス地方やバルカン半島などの特定の地域に見られるとしている [カルドー 137-138]。つまり、主権国家による暴力独占の喪失を地域を限定して見られる現象と捉えているのである。同様の現象を、イスラエルの軍事史家マーチン・ファン・クレフェルトは違った表現で指摘している。そもそも、戦争は主権国家間でのみ行われるものではないとして、そのような「戦争」のみを指して戦争と見なしてきた先人達(クラウゼヴィッツ、孫子など)の姿勢そのものを批判している [クレフェルト, 戦争の変遷 75-77] [クレフェルト, 新時代「戦争論」 251-255]。


6. 戦争への人道性の導入 ― 潮流その3

 三つの潮流の内、最後のものが、戦争への人道性の導入である。敵をより多く殺すことを目的としてきた戦争が態様を変え、敵も味方も極力殺さずに外交的要求を強制する手段になるという主張である [Coker 17-18]。『超限戦』では戦争の「慈悲化」として描かれている。この傾向を、コーカーは西洋にのみ見られるとしている。西洋(the West)という言葉の範囲には少なくとも西欧と北米が含まれる。西欧に関する限りにおいて、この傾向もまたケーガンの指摘する軍事的劣位に基づくもの、即ち、パワーポリティクスを前提としたものなのだろうか。だとするならば、これは潮流ではなく、ただの一時的な政策ということになってしまうのだろうか。

 しかし、『超限戦』で指摘されるように、核兵器の出現によって、兵器の殺傷力不足の時代が終焉し、殺傷力過多を踏まえた殺傷力の調整が始まっているとするならば、これは一時的な政策などではなく、新しい潮流ということになるのだろう [喬良 , 王湘穂 40-41]。事実、米国を始めとする技術先進国では、非致死性兵器と精密攻撃兵器の開発が進んでいる。敵兵士を殺傷せず、苦痛で行動を不能にさせたり、装備を使用不能にしたり、精密攻撃を用いて敵の被害を必要最小限に留めたりという動きは技術開発分野で行われている。

 味方に被害者を出さず、理屈の上では相手側の被害者をも最小限度に抑えられるはずの無人機攻撃を、人道的と評されることの多いオバマ大統領が多用したことは、この点において示唆的である。もっとも、他国領土における恣意的とも取られかねない無人攻撃機の使用は、国際機関などから繰り返し批判を浴びていることは付言しておきたい。


7. 年表

1989年夏 フクヤマによって、論文「歴史の終わり?」が発表される。
1989年12月 マルタで開催された米ソ首脳会談で米ソ冷戦の終結が宣言される。
1991年 クレフェルトが『戦争の変遷』を著し、クラウゼヴィッツの議論を批判する。
1992年 フクヤマによって、『歴史の終わり』が著される。
1992年10月 ワシントンのアメリカ企業研究所における講演で、ハンチントンが初めて「文明の衝突」の概念を発表する。
1993年7月 ハンチントンは『フォーリン・アフェアーズ』誌に「文明の衝突?」と題した論文を掲載する。
1993年11月 ハンチントンが『文明の衝突』を上梓する。
1995年10月 当事者間で平和協定が妥結され、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が終結する。
1999年2月 カルドーが『新戦争論』を上梓し、「新しい戦争」(new war)という概念を打ち出す。
1999年2月 喬良、王湘穂が『超限戦 グローバル化時代の戦争と戦法に対する想定』を上梓する。
1999年3月 コソボでNATOによる空爆が始まる。
1999年8月 米ワシントン・ポスト紙で、『超限戦』を紹介する記事が掲載される。
2001年 コーカーが『人道的戦争』を上梓する。
2001年9月 米国同時多発テロが発生する。
2014年11月 米国が第三次オフセット戦略を打ち出す。
2017年 クレフェルトが『新時代「戦争論」』を上梓する。


参照文献

Chivvis, Christopher S. Understanding Russian "Hybrid Warfare" And What Can Be Done About It. Santa Monica: RAND Corporation, 2017.
Coker, Christopher. Humane Warfare. Oxon: Routledge, 2001.
Kux, Dennis. “Soviet Active Measures and Disinformation: Overview and Assessment.” Parameters, Journal of the US Army War College XV.4 [1985]: 19-28.
Lind, William S. , Thiele, Gregory A. 4th Generation Warfare handbook. Kouvola, Finland: Castalia House, 2015.
VERTIC. Defining Remote Warfare: Cyber. London: Oxford Research Group Remote Warfare Programme, 2018.
カルドー, メアリー. 『新戦争論 グローバル時代の組織的暴力』. 東京都: 岩波書店, 2003.
クレフェルト, マーチン・ファン. 『新時代「戦争論」』. 東京都: 原書房, 2018.
—. 『戦争の変遷』. 東京都: 原書房, 2011.
ケーガン, ロバート. 『ネオコンの論理 アメリカ新保守主義の世界戦略』. 東京都: 光文社, 2003.
ハンチントン, サミュエル. 『文明の衝突』. 東京: 集英社, 1998.
フクヤマ, フランシス. 『歴史の終わり〈上〉』. 東京都: 三笠書房, 1992.
喬良 , 王湘穂. 『超限戦 21世紀の「新しい戦争」』. 東京都: 共同通信社, 2001.
藤原帰一. 『国際政治』. 東京都: 放送大学教育振興会, 2007.