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書評『ドローンの哲学』グレゴワール・シャマユー著・渡名喜庸哲訳
牧田純平(2018.11.20)



 戦争の道具としてのドローンについて語る書籍が増えてきた。そうした書籍では、技術面でドローンがいかに発達してきたか、それに伴って戦闘行為や軍事組織がいかに変容していくのか、将来の戦争の在り方は如何なるものか、といった論点が語られ、それを受けた議論も盛り上がってきている。しかし、戦争の道具としてのドローンの影響は、そうした論点に止まるものなのだろうか?

 本書は、こうした問題意識から、戦争の道具としてのドローンに焦点を絞り、それが既存の概念や定義、議論にもたらす影響について検討したものである。本書は五つの章から構成されるが、訳者解題の言葉を借りると、それぞれドローンによる「戦争」の変容(戦争論・技術論)、人間の「精神」の変容(心理学)、「道徳」の変容(倫理学)、「法」の変容(法学)、「権力」の変容(政治哲学)について論じている。著者はそれぞれのテーマについて、決してドローン反対の立場からではなく、価値中立的に語る。しかしその背景には、ドローンがもたらす広大かつ深甚な影響への無意識に対する、著者の危機感が満ち溢れている。

 ドローンの登場により、対面する戦闘員同士による「戦闘」行為は、ドローンコントローラーが一方的に対象を攻撃する「マンハント」へと姿を変えた。そして、「戦場」という概念は極小化・精緻化すると同時に、どこにでも登場し得る普遍的なものとなった。安全保障を学ぶ者であれば、ここまでの議論は決して目新しいものではないだろう。しかし、このような再定義の中で、これまで戦闘員と呼ばれてきた人間はどうなる?自らの生命を危険にさらして戦うがゆえに名誉と相手を殺害する権利を得てきた戦闘員は、自らの生命を安全な場所に置きながら一方的に相手を殺害することが出来るようになった。彼らをただの殺人者と分かつものは何か?殺し殺されるという意味で平等であった生命の等価性は失われたのか?そして、もはや国民の生命というコストに拘束されなくなった国家と、ドローンによる暴力と監視にさらされる国民との関係性はどのように変わるのか?

 ドローンという一つの技術は、既存の学問や定義に対してのみならず、我々の倫理観、さらには人間存在それ自体に対してまで影響を及ぼす可能性を有している。本書は、技術の持つ可能性の中に潜む影響力がいかに深刻なものか、技術を論じ、取り扱う際に、いかに慎重に、また謙虚であるべきかを気づかせてくれる、安全保障を学ぶ者にとって必読の書である。
(了)