1. はじめに
この記事では、米国での新しいAI(Artificial Intelligence)プロジェクトであるProject Mavenを紹介する。Project Mavenは無人航空機(Unmanned Aerial Vehicle: UAV)から撮影した動画や映像をAIで解析して建物・人など対象物を判別し、その位置を抽出するプロジェクトである。ここで英単語としての”maven”は、「専門家、達人、通」といった意味がある。つまりProject Mavenは、従来専門家が目視で判読していた航空機からの映像を、AIを利用して専門家なみに判読しようとするプロジェクトである。
2. Project Maven以前
米軍がこれまでUAVを使った作戦を実行していることは良く知られている。特にアフガニスタンなどの中東地域でUAVを使ったテロリスト攻撃を行った事例について、いくつかの図書に詳しい[1][2]。このときUAVが撮影した映像から攻撃目標を判読し、その位置を確定させるのは国家地理空間インテリジェンス局(National Geospatial Intelligence Agency: NGA)職員、攻撃を実行するのは中央情報局(Central Intelligence Agency: CIA)職員や兵士などと分業がなされており、両者が連携して、時には現地基地の同じコンテナ内で連携して目標判読と攻撃を実施している様子が文献[1][2]などに詳しく記されている。
3. Project Mavenの起こり
Project Mavenが公になったのは、2017年4月であった [4]。その後2017年7月のDefense One Tech Summitにて海兵隊のDrew Cukor大佐がその内容を幾分詳しく説明した[4]。彼によると、「2017年の終わりまでに国防総省では先端コンピュータ・アルゴリズムを政府のプラットフォームに載せ、大量動画・静止画から目標物を抽出できるようになる。この作業は人間と機械との協業であり、最終的には、現在のオペレータの2倍、究極的には3倍の作業をこなすことを期待している。現在イラク・シリアでのIslamic Stateとの戦闘に必要な38種のオブジェクト抽出を当面の抽出対象としている」とのこと。ただしこの時点ではまだ実例は示されなかった。
Project Mavenの具体的な姿は、2017年12月にDefense Oneの記事[5]でようやく公の場に現れた。この記事では、「ペンタゴンの新しいAIがすでにテロリストを狩りたてている。開発8か月足らずで戦場のドローンビデオ解析を支援している」と、キャッチーなタイトルがまず目を引く。この記事の大要は以下の通りである。
今月の初め、中東のある場所で戦場上空のUAVのビデオからコンピュータが対象物を識別して解析者を支援した。「試験運用の数日で、計算機は人・車・建物といった種類を60%識別し、それから1週間余りその場でソフトウェアのアップデートを繰り返し、その結果精度は約80%にまで向上した。来月、ソフトウェアとハードウェアのアップデートが行われれば、さらに精度が上がるだろう」と空軍中将John N.T. “Jack” Shanahanが語っている。Project Mavenと呼ばれるこのプロジェクトは、小型ドローンScanEagleから撮影したビデオからオブジェクトを抽出して特殊作戦司令部の解析を支援する。実配備すると、コンピュータを訓練したのとは異なる環境下で飛行することになる。この場合もちろん稼働はするが、実戦配備の最初に5日間をかけてアルゴリズムを現地に合わせて最適化したり改良したりすることが重要となる。このチームはMavenアルゴリズムと、海軍と海兵隊の “相関・地理登録アプリケーション”であるMinotaurと呼ばれるシステムを組み合わせている。Mavenがビデオ画面上で物体を分類し、それを追跡する。そしてMinotaurを使って座標を確定させ、地図上に物体の位置を表示する。
4. Project Mavenの最新状況
Project Mavenは様々な議論を巻き起こしながらも、プロジェクト対象の拡大が続いており、さらに確実に高度化も進んで実戦への配備も明らかになってきた。
まず2022年のGEOINT SymposiumにおいてNGA長官Robert Sharpは、Project MavenのGEOINT AIサービスと能力の運用管理権を従来の情報担当国防次官下の組織からNGAに移管したと発表した[7]。NGAは、Project Mavenの高度化・実配備がすすみ、「軍事パートナー」によってウクライナに配備された[8]と公表した。
またNGAは2023年4月以降、Project Mavenを構築するために民間企業への協力を求めるようになった。国防総省はProject Mavenの一部として、データ・フュージョン企業Palantirから独自ソフトウェア「Maven Smart System」を非競争的に購入することを公表した[9]のを皮切りに、2024年5月にもさらに$480 millionという大型契約をPalantirと締結している[10]。Project Mavenにおいて、民間企業の参加は必須のものとなった。
それではProject Mavenは現状どの程度使い物になるのだろうか。NGAのMark Munsellは2023年のGEOINT Symposiumにおいて、期待される性能の概略を語った。「もちろん、100パーセント正確であることを期待する分析官もいる。戦闘指揮官は物体の識別が100パーセントであることを期待し、精密誘導弾のターゲットとして、位置の特定精度が2メートル以下であること」を期待している。現状はまだ十分とは言えないが、この4、5年でAI技術は本当に飛躍したとMunsellは言う。データセットとかつてないほどの計算機能力があることを考えれば、さらなる進歩のための環境は整っている、と彼は自信を見せた[11]。
5. おわりに
Project Mavenで検出されたターゲットに対して自動的に攻撃を開始するUAV攻撃の自律化は、現在の米軍作戦上採用されているかどうかは公表されておらず不明である。しかし作戦レベルのインテリジェンスにおける少なくとも「収集」の部分がAIを使って自動化・リアルタイム化されてきたことは確かである。この後Project Mavenで抽出したターゲットの種別と位置を現地司令官あるいは兵士に「配布」し、その後人間が判断したうえで攻撃のGO/NOGOを決定するか、あるいはそのまま自動的に攻撃を開始するかは別の問題である。(了)
[1] ブレット・ヴェリコヴィッチ他:ドローン情報戦: アメリカ特殊部隊の無人機戦略最前線, 原書房, 2018年
[2] リチャード ウィッテル:無人暗殺機 ドローンの誕生, 文藝春秋, 2015年
[4] Project Maven to Deploy Computer Algorithms to War Zone by Year’s End (2017)
[5] The Pentagon’s New Artificial Intelligence Is Already Hunting Terrorists (2017)
[7] Pentagon’s flagship AI effort, Project Maven, moves to NGA, Breaking DEFENSE, April 27, 2022
https://breakingdefense.com/2022/04/pentagons-flagship-ai-effort-project-maven-moves-to-nga
[8] What We Know About Project Maven, Reapers, and Ukraine, Tech Inquiry, 2023-03-15 https://techinquiry.org/?article=maven-reapers-ukraine
[9] Pentagon certified Palantir as only supplier for artificial intelligence targeting tool known as “Maven Smart System” by JACK POULSON All-Source Intelligence Fusion, 2023/05/14 https://jackpoulson.substack.com/p/pentagon-certified-palantir-as-only
[10] Palantir lands $480M Army contract for Maven artificial intelligence tech
[11] Despite Advances in AI Technology, it’s Still Not ‘Good Enough,’ NGA Official Says, ViaSatellite, June 1, 2023 https://www.satellitetoday.com/government-military/2023/06/01/despite-advances-in-ai-technology-its-still-not-good-enough-nga-official-says/
各URLはいずれも2024年8月5日確認済み