1.中国軍UAVに集まる注目
近年、中国軍航空機による台湾防空識別圏等(以下「ADIZ等」という)への侵入が話題となる中で、同軍の無人航空機(Unmanned Aerial Vehicle、以下「UAV」という)の活動にも注目が集まっている[1]。
中国軍UAVに関しては、台湾侵略時の主要な兵器になるだろうという見解を示す軍事専門家がいる一方、台湾周辺での活動の実態やその目的についての分析は決して多くないのが現状である[2]。
本稿では、中国軍の軍事用UAVに焦点を当て、台湾国防部の公表情報、各種の論考及び記事を基に、台湾周辺における活動内容を確認していく。その上で、中国軍UAVが台湾有事において果たすであろう役割とその意義、今後の中国軍による無人機活用の見通しの分析を試みる。
2.台湾のADIZ等に対する中国軍UAV侵入状況
台湾周辺では、2022年9月頃から中国軍UAVによるADIZ等への侵入が確認されるようになった[3]。また、2023年4月には、中国軍UAVが台湾本島東側(太平洋側)の空域に侵入して本島を一周するように飛行したことも話題となった[4]。
本稿では、UAV侵入状況をさらに細かく把握するため、2022年9月から2023年12月末までの間に台湾国防部が公表した侵入情報を、UAVと有人航空機の2つのカテゴリに分類し、集計を行った[5]。その結果を整理したものが以下の図である。
【図】ADIZ等への侵入機数の推移(2022年9月~2023年12月)[6]
図であるが、相対的にまだそれほど侵入機数の多くない無人機と、その10倍ほどの頻度で侵入を繰り返す有人航空機の傾向とを比較するため、それぞれ別の尺度で棒グラフ、折れ線グラフで表現している。この図を見ると、UAVの侵入機数は概ね4か月周期で増減を繰り返していること、各周期の最大値は2022年12月以降減少を続けていることが分かる。また、各周期の最大値と同様に、周期ごとの侵入機数の合計値も減少する傾向にある。表1は、図と同じデータを4か月ごとの合計に整理し直したものであるが、これを見ると、侵入機数の減少傾向がより明確に分かる。
【表1】4か月周期での中国軍機侵入数の推移
2022 | 2023 | |||
9~12月期 | 1~4月期 | 5~8月期 | 9~12月期 | |
UAV | 71 | 61 | 48 | 43 |
有人航空機 | 596 | 559 | 479 | 513 |
加えて、UAVの1日当たり平均侵入機数(月間侵入機の総数/各月でADIZ等へのUAV侵入を確認した日数)が1~2機程度と、有人航空機の侵入機数に対して非常に低い値となっていることも特徴的である。UAVの侵入機数は有人航空機の侵入機数の増減に関わらず概ね一定しており、例えば2023年4月10日に有人航空機の侵入機数が52機であった際も、UAVの侵入機数は2機にとどまっていた[7]。
以上のように、中国軍UAVの侵入機数は時間の経過とともに減少する傾向にあるだけでなく、有人航空機による侵入の規模が大きいのに対して極めて小規模なものにとどまっている。2024年1月には台湾総統選が予定されており、中国に厳しい姿勢をとる民進党政権の存続が話題となっていたが、民進党への不満を示すために侵入規模を増加させて圧力をかけるということも考えられただけに、逆に小規模にとどまったことは興味深い傾向と言えるだろう。
但し、台湾国防部の公表情報には、金門島等への侵入情報が含まれていない可能性がある[8]。また、民生用UAVの侵入情報も含まれていないことから、これらを含めて分析した場合には、異なる結論となる可能性がある。
3.主な侵入機体の概要
2024年1月半ばまでに台湾国防部が公表した情報には、侵入したUAVの機種名も記載されていた。武装の有無や機体のバリエーションまでは明らかにされていないが、侵入機は主に情報収集・監視・偵察(以下「ISR」という)任務向けに開発された機体であり、スペック上は武装が可能なものも含まれていることが分かっている。
以下、台湾国防部の公表情報に記載されていたUAVのうち、主要な機体の概要を紹介する。
(1)BZK-005[9]
本機は、北京航空航天大学(Beihang University、現在はBeihang UAS Technology Co.
Ltd.)等により開発・製造された、主にISR任務や電子情報収集(ELINT)等に使用されている機体である。
また、派生形のBZK-005Eは、衛星通信を使用することで2,000㎞の飛行が可能とされ、2022年に海軍に配備されたと言われている。
(2)CH-4[10]
CH-4は、中国航天科技集団有限公司(China Aerospace Science and Technology Corporation)と中国航天長征国際貿易有限公司(Aerospace Long-March International Trade Co. Ltd.、以下「ALIT」という)が開発・製造したUAVであり、ISR任務向けのCH-4Aと、空対地ミサイルや精密誘導爆弾の搭載が可能なCH-4B等が存在している。
(3)TW328/TB-001[11]
TW328/TB-001は、四川腾盾科创股份有限公司(Sichuan Tengden Sci-tech Innovation Co. Ltd.、以下「Tengden」という)によって開発・製造されたUAVである。
元々は空撮やパイプラインの検査、貨物運搬等での利用を想定して製造された機体であり、製造業者であるTengdenは、公式には本機の軍事利用の事実を認めていない。しかし、展示会では空対地ミサイルや滑空爆弾を搭載した状態の機体が公開されており、偵察や攻撃任務への使用も可能とされている。
(4)WZ-7(Xianglong)[12]
WZ-7は、ISR任務等向けに、中国貴州航空工業集団有限責任公司(China National Guizhou Aviation Industry Group Co. Ltd.)により開発・製造された機体である。スペック上の飛行高度は18,000m、飛行速度は時速750㎞であり、誘導・制御方式についての詳細は明らかにされていないものの、衛星通信用アンテナが搭載されていると言われている。
【表2】中国軍が台湾海峡に展開した主なUAVのスペック[13]
機種名 | 分類 | 全長 (m) | 全高 (m) | 翼長 (m) | ペイ ロード (kg) | 高度 (m) | 速度 (km/h) | 飛行 範囲 (km) | 作戦 半径 (km) | 滞空時間 (h) |
CH-4[14] | A | 8.5 | 3.4 | 18.0 | 115 | 7,200 | 235 | 3,500 | 250 | 40 |
B | 345 | 7,000 | 210 | 1,600 | ー | 14 | ||||
BZK-005[15] | E | 10.05 | 2.5 | 18.0 | 370 | 7,500 | 210 | 2,000 | ー | 40 |
TW328 | ー | 10.0 | 3.3 | 20.0 | ー | 8,000 | 280 | 6,000 | ー | 35 |
WZ-7 | ー | 14.0 | 5.4 | 23.0 | 650 | 18,000 | 750 | 7,000 | ー | ー |
4.台湾周辺における中国軍UAVの活動内容
続いて、こうした機体が台湾周辺でどのような任務・活動に従事してきたのかについて確認をしていく。
中国軍UAVの活動を扱った記事や論考を見ると、中国軍UAVはISR任務や他の攻撃手段に対する支援用のツールとして認識されていることが伺える。例えば、台湾本島東側を飛行していた中国軍UAVの目的は、UAVのナビゲーションシステムの試験や台湾軍の偵察能力の評価等と言われている[16]。
また、2022年8月の軍事演習では、台湾本島東側に展開したTB-001が、弾道ミサイルの終末誘導等に関与していた可能性が指摘されている[17][18]。加えて、電子戦向けの有人航空機であるY-8と、衛星通信が可能なBZK-005を共に飛行させ、何かしら新しいテストをしようとした可能性も指摘されている[19]。
台湾国防部が隔年で発行している「国防報告書」でも、中国軍のUAVの活動が取り上げられており、直近の3つの版を見比べてみると、版が新しくなるにつれてUAVに関する記述が増えている[20]。2023年9月に発行された最新版では、台湾周辺での偵察活動等について複数回取り上げられており、UAVに対する台湾軍の脅威認識が変化してきていることが伺える[21]。
しかし、実際に記載されている内容は、主にUAVによる情報収集や偵察活動であり、UAVの脅威はあくまで数ある中国軍兵器による脅威の一つという位置づけであることから、台湾軍にとっての主要な脅威とまでは認識されていないことが伺える。
5.中国軍UAV展開の狙い
これまで見てきたように、中国軍UAVはADIZ等に度々侵入しているものの、その機数は有人航空機に比して少なく、機体も主にISR任務向けに開発されたものであった。また、活動内容も情報収集や他の兵器の支援が主なものであり、台湾側もUAVを数ある脅威のうちの一つと認識しているに過ぎないことも分かった。
このように見ていくと、台湾有事における中国軍UAVの役割と意義は左程大きくないように思える。しかし、中国軍の動向を分析した記事からは、外部勢力による介入を遮断し、台湾本島を封鎖・孤立させることを想定して行われた軍事演習において、UAVが少なからぬ役割を果たしている様子が伺える[22]。
笹川平和財団安全保障研究グループ長の河上康博は、2022年8月に台湾近海で行われた中国軍による軍事演習について、同軍が「上陸作戦における短期戦においても、航空・海上封鎖作戦を同時に遂行すること」を確認するとともに、「経済封鎖を狙った本格的な武力行使を伴わない長期的な航空・海上封鎖作戦計画を追加した」と指摘している[23]。先述のとおり、この演習ではTB-001によるミサイル終末誘導等が行われた可能性が指摘されているが、河上は、これに言及した上で、中国軍にとって最重要かつリスクの高いエリアでの作戦が、ミサイル及びUAVのみで行われる可能性を指摘している[24][25]。
リスクの高いエリアでのUAVの活用については、他の論者も指摘している。台湾の淡江大學國際事務與戰略研究所(Graduate Institute of International Affairs and Strategic Studies, Tamkang University)の林穎佑は、台湾軍の防空能力の観点から、台湾本島東側空域での作戦行動において、中国軍では有人航空機よりもUAVが採用されるようになった、と語っている[26]。
このように、中国軍UAVは、有人航空機と比較すると規模は少数であるものの、台湾本島の封鎖・孤立を狙った作戦行動において一定の役割を果たしている。2024年1月以降も中国軍UAVの台湾周辺空域への侵入が続いていることから、今後、中国軍UAVは、台湾本島東側のようなエリアでより大きな存在感を示す可能性があると考えられる。
6.無人機の活用はさらに拡大するか?
これまで見てきたように、台湾周辺で中国が使用してきた無人機は主に無人航空機すなわちUAVであったが、最近では、UAV等の搭載や遠隔操作による航行が可能な中国の海洋調査船“珠海雲”が台湾周辺を航行し、調査活動に従事していたことも報じられた[27]。アメリカ海軍大学のクリストファー・シャーマン(Christopher Sharman)は、中国軍にとって、珠海雲は海中環境を把握する上での助けとなることを指摘した上で、情勢への影響を示唆している[28]。中国が、台湾に対してUAV以外の無人機も展開する可能性を示しており、注目すべき事案である。
台湾有事をめぐる中国軍等による無人機運用については、依然として不明な部分も多く、プロパガンダも含まれている可能性があることから、容易に判断することはできない。しかし、台湾の封鎖・孤立を狙う中国軍の動向を探る上でも、UAVを主体とした無人機の動向を探り、少しずつその実態を明らかにしていくことが求められている。(了)
[1] 本稿において、「ADIZ等への侵入」という言葉を使用する場合、南西や北方等からのADIZへの侵入に加え、台湾海峡中間線の越境を含んでいる。
[2] Focus Taiwan, Chinese invasion of Taiwan likely to rely heavily on drones: Experts, 僑務電子報, 2023.7.9(確認日2024年6月9日)
https://ocacnews.net/article/344591
[3] 相田守輝, 中国人民解放軍による台湾ADIZ進入①-この2年間を概観する―, 防衛研究所, 2022.11.17(確認日2024年6月9日)
https://www.nids.mod.go.jp/publication/commentary/pdf/commentary246.pdf
:相田守輝, 中国人民解放軍による台湾ADIZ進入②——多数機編隊による進入を可能にする「システム」の正体を探る, 防衛研究所, 2023.9.28(確認日2024年6月9日)
https://www.nids.mod.go.jp/publication/commentary/pdf/commentary275.pdf
[4] Keoni Everington, 1st Chinese combat drone encircles Taiwan in ADIZ, Taiwan News, 2023.4.28(確認日2024年6月6日)
https://www.taiwannews.com.tw/news/4876841
[5] 台湾国防部の情報公開形式が変わり、2024年1月半ば以降ADIZ等に侵入したUAVの機種・機数が分からなくなったため、月末までのデータが得られる2023年12月を集計期間の終期としている。
[6] Ministry of National Defence(確認日2024年1月2日~3月26日)
https://twitter.com/MoNDefense
:中華民國國防部(確認日2024年7月5日~7日)
[7] Ministry of National Defence, 2023.4.11(確認日2024年6月6日)
https://twitter.com/MoNDefense/status/1645609309840248832
[8] Ben Lewis, 2022 in ADIZ Violations: China Dials Up the Pressure on Taiwan, Center for Strategic and International Studies, 2023.3.23(確認日2024年5月26日)
https://chinapower.csis.org/analysis/2022-adiz-violations-china-dials-up-pressure-on-taiwan
[9] Janes, Janes All the World’s Aircraft: Unmanned 2023-2024, Janes, 2023, P33
[10] Janes, Janes All the World’s Aircraft: Unmanned 2023-2024, Janes, 2023, P25~26
[11] Janes, Janes All the World’s Aircraft: Unmanned 2023-2024, Janes, 2023, P47~48
[12] Janes, Janes All the World’s Aircraft: Unmanned 2023-2024, Janes, 2023, P40
[13] Janes, Janes All the World’s Aircraft: Unmanned 2023-2024, Janes, 2023, P25,26,33,40,48をもとに筆者作成
[14] 参考とした資料において、全長、全高及び翼長の項目はバリエーション(CH-4AとCH-4B)ごとに分けられていなかったことから、双方共通の数値であると判断して記載した。
[15] 参考とした資料において、翼長の項目はバリエーション(BZK-005とBZK-005E)ごとに分けられていなかったことから、双方共通の数値であると判断して記載した。
[16] Ying Yu Lin, PLA Drones Off Taiwan’s East Coast: The Strategic Implications, The Diplomat, 2023.5.20(確認日2024年6月9日)
https://thediplomat.com/2023/05/pla-drones-off-taiwans-east-coast-the-strategic-implications
[17] 相田守輝, 中国の無人機 TB-001 が弾道ミサイルの着弾に関与していた可能性について, 防衛研究所, 2022.10.4(確認日2024年6月9日)
https://www.nids.mod.go.jp/publication/commentary/pdf/commentary239.pdf
[18] なお、同日付の台湾国防部の公表情報では、TB-001の展開は確認されていない。
Ministry of National Defence, 2022.8.4(確認日2024年6月6日)
https://twitter.com/MoNDefense/status/1555197565372895232
[19] Minnie Chan, PLA spy drone circles Taiwan again as Beijing tests new tactics, South China Morning Post, 2023.5.3(確認日2024年6月9日)
[20] Ministry of National Defence, 2019 National Defence Report, 2019.12, P40,46
:Ministry of National Defence, ROC National Defence Report 2021, 2021.10, P38,40,44
:Ministry of National Defence, ROC National Defence Report 2023, 2023.9, P34,36,39,41
[21] Ministry of National Defence, 2023.9, P34,36,39,41
[22] 河上康博, 人民解放軍による台湾の航空・海上封鎖作戦分析―軍事演習等から見えてくるもの―, 笹川平和財団, 2023.4.26(確認日2024年6月9日)
https://www.spf.org/japan-us-taiwan-research/article/kawakami_01.html
[23] 河上康博, 2023.4.26
[24] 相田守輝, 2022.10.4
[25] 河上康博, 2023.4.26
[26] Ying Yu Lin, 2023.5.20
[27] Matthew P. Funaiole, Aidan Powers-Riggs, and Brian Hart, Skirting the Shores, Center for Strategic and International Studies, 2024.2.26(確認日2024年6月9日)
https://features.csis.org/snapshots/china-research-vessel-taiwan
:Kathrin Hille, Josh Gabert-Doyon and Chris Cook, Chinese research ships increase activity near Taiwan, Financial Times, 2024.2.27(確認日2024年6月9日)
https://www.ft.com/content/0dfb94d7-e140-4d6c-97b9-18ec410d6a7c
:Global Times, China builds world’s first autonomous seaborne drone-carrier, Global Times, 2023.1.13(確認日2024年6月6日)
https://www.globaltimes.cn/page/202301/1283744.shtml
[28] Kathrin Hille, Josh Gabert-Doyon and Chris Cook, 2024.2.27