本文へスキップ
日本語English

コンテンツ


                                         < 記事一覧へ戻る

BLM運動への他国からの干渉(前編)
―ロシアの影響作戦に見える変化―
小沢知裕(2020.10.29:CISTEC Journal 9月号掲載[2020.9.30])



1. 干渉のチャンスとしてのBLM運動


(1)二つの問題に揺れる米国

 2020年11月3日の大統領選を前に米国が揺れている。今年(2020年)2~3月頃から新型コロナウイルス(COVID-19)感染症の大規模な蔓延で大きく揺れ始め、5月末からは人種問題で再び大きく揺れている。これは、5月25日、ミネソタ州ミネアポリスで、ジョージ・フロイド(George Floyd)というアフリカ系米国人が警察官による拘束の過程で死亡したことが契機となったものであった。このとき、警察官によって長時間に亘って首を圧迫され続けていたことが問題視された。押さえつけられている間、フロイドが繰り返し発した「息ができない」という声は徐々に弱くなって行ったが、それにもかかわらず、頸部の圧迫は9分間近く継続されていた1。このことを発端に「BLM:Black Lives Matter」と銘打った抗議活動が活発化し、そのデモは全米に留まらず、世界各国へと波及して行ったのである(図1)。

 BLM運動とは、アフリカ系米国人に対する警察の暴力に対する抗議として2013年頃には始まっていた運動である。この運動が活気づいたのはこのときが初めてではなかったが、2020年の拡大は前例のないものとなった2。そしてそれは、パンデミックの只中に起こった。COVID-19は貧困層を直撃し、白人に比べてアフリカ系米国人の感染や死亡を極端に多くしている。黒人は白人に比べてより近接して生活しており、健康な食事の選択肢や緑化された土地、レクリエーション施設、日光や治安を欠いて暮らしている3。感染症の被害は人種間の経済格差を鮮明にする傍ら、ロックダウンによる経済悪化をも引き起こした。経済の悪化は全米に前例のない失業をもたらし、ただでさえ高いアフリカ系米国人の失業率を更に悪化させている4。これらの状況が、人種問題に対する問題意識を今まで以上に高めている部分はあるかもしれない。また、パンデミックによって、抗議活動に参加する時間を個々人が持てるようになっているという指摘もある2

 これらの大きな問題が同時に米国を襲っていることは現トランプ政権へ大きなダメージを与えずにおかない。2017年に始まり4年に亘った最初の任期が終わりに近づき、二期目の再選を目指したいトランプ大統領にとっては焦眉の事態である。米大統領選の帰趨は、それ以降の米国の国際政治におけるスタンスに大きな変化を与えるだろう。安全保障問題や経済問題で米国と対立するロシア、中国、イランそして北朝鮮にとっても大きな関心事であることは間違いない。

 2016年の米大統領選では、ロシア政府が選挙システムや米民主党全国委員会(DNC:Democratic National Committee)、同党関係者のメールサーバーへハッキングを仕掛けたり、偽情報の流布をしたりすることによって選挙結果に影響を与えようとしていたと米司法当局は結論している。ロシアは他国の選挙に関心を寄せるに留まらず、関与しようと秘密作戦を進めていたということである。自国の利害に直接影響を及ぼすであろう米大統領選を控えた今、ロシアを始め各国は、BLM運動にもまた影響を与えるべく、何かしらの活動を行っているのだろうか。このような視点から、本稿は米国で高まるBLM運動への外国からの偽情報作戦に着目し、主にロシアによる活動の傾向に見える変化を解説する。


図1. ミネソタ州ミネアポリスでのBLMデモ行進の様子
By Fibonacci Blue on Visualhunt.com / CC BY
https://creativecommons.org/licenses/by/2.0/


(2)ロシアが干渉する動機

 トランプ政権を誕生させた2016年の米大統領選では、ロシア政府による介入が注目された。これは、ロシア疑惑やロシアゲートと呼ばれた。このときのロシアの活動に関しては、元FBI長官のモラー(Robert S. Mueller III)特別検察官の率いる特別チームによって捜査が行われ、選挙から1年と少し経過した2018年2月にその詳細な内容が公開されている5。それによれば、ロシア政府の選挙干渉は、ヒラリー・クリントン(Hillary Rodham Clinton)候補よりドナルド・トランプ(Donald John Trump)候補の当選を好ましく考え、その実現を目標の一つとしていたものであったとされている6。また、この目標の達成に向けて、ロシア民間企業インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA:Internet Research Agency, LLC)社がSNSを活用したプロパガンダを行っていたと分析されている5。その経営者エフゲニー・プリゴジン(Yevgeniy Prigozhin)は、プーチン(Vladimir Vladimirovich Putin)大統領と個人的に深い親交を持つと伝えられている7。また、米司法当局はロシア軍の情報機関、連邦軍参謀本部情報総局(GRU:Glavnoye Razvedyvatelnoye Upravlenie)に帰属する二つの部隊が、それぞれの役割をこなし、大統領選に影響を与えていたとも指摘している。一つ目の部隊は26165部隊といい、民主党全国委員会や関連する個人のメールサーバーをハッキングし、機密情報を抜き出していた。もう一つの部隊である74455部隊は、効果的なタイミングで、その情報を流布させていたという8。GRU所属のこれらのサイバー作戦部隊は、従来、民間サイバーセキュリティ企業によってファンシーベアやAPT28といった愛称を付けられ、観測され続けてきた脅威アクター(threat actor:サイバー空間上で悪意のある行為を行ったり、その能力を持っていたりする個人もしくは組織)であった。ちなみに、同時期に米民主党本部のサーバーに、同じくロシアの情報機関であることが疑われるコージーベア(心地よい熊:別名はAPT29、The Dukesなど)と名付けられた脅威アクターも侵入していたことがわかっているが、こちらは本件では提訴されていない。

 以上のような2016年の選挙に対するロシアの介入を考えると、BLM運動とロシアの影響作戦が何かしらリンクしていないか確認しておきたくなる。つまり、ロシアがBLM運動を煽っていないかが気になる。当時、ロシアの狙いはクリントン候補の落選だけではなく、米国の社会を分断することでもあったという指摘は繰り返し為されている。とするならば、現在、米国で起こっている混乱は、そのロシアの作戦の目指すところと合致しているとも言えるからである。



2. 2020年 ― BLM運動に対するロシアの「不」活動


(1)見えてこないプロパガンダ

 現時点(2020年8月)で、実際に公開されている各種分析内容を見る限り、BLM運動に関して、ロシアによる干渉の動きは限定的である。例えば、先述のように2016年の大統領選ではプロパガンダ活動で精力的な活躍を見せたと見られるロシア民間企業IRA社だが、今回は活動が観測されていない。インターネット上の発言を分析する米企業グラフィカ(Graphika)社は、BLM運動に関連するロシア、中国及びイランの国営メディアの記事、並びに外交官によるSNSでの発信を統計的、視覚的に分析した結果を報告している。同社は、その報告の中で、SNS上で米国人を装って米国内の対立を掻き立てる秘密組織や作戦がある証拠は見つかっていないとしている9。これは2016年の活動(第3章第1節で解説する)と比較すると、大変な変化である。その分析の中で、ロシアは「プロパガンダの努力を(BLM運動以外の)他のことに振り向けないといけない」ようだと評されている。

 ロシアのメディアやIRA社が、その努力を「他のことに振り向ける」という分析の意味するところは、恐らく、2020年の米選挙への干渉を考えたとき、他のテーマの方をより効果的なターゲットとして重視しているということを意味しているのだろう。8月7日には、米国家情報長官室から中国、ロシア及びイランによる選挙への干渉の分析内容が発表されている。その中で、ロシアが、バイデン(Joseph R. Biden Jr.)候補や反ロシア的な「支配層」の評価を下げ、トランプ大統領を助けようと活動しているという報告がなされている10, 11。こちらの活動にIRA社はよりリソースを割いているということなのかもしれないが、具体的な情報はまだ公表されていない。これに関しては、米国家情報長官室からの続報を待ちたい。


(2)プーチン大統領の主張に現れた民主党陰謀論

 それでは、BLM運動に関して、ロシアの情報機関はいったいどのような立場で臨んでいるのだろうか。ヒントは要人の発言の中にあるかもしれない。プーチン大統領は、ロシアの国営テレビ局ロシア1の6月14日収録のインタビューの中で、米国で発生しているBLM運動に関してコメントを求められ、極短く回答している12。その内容は「現(トランプ)大統領の(2016年大統領選での)勝利が明白で民主的であった」にもかかわらず「敗北した党がその正当性に疑念を抱かせるためにあらゆる種類のフェイクストーリーを作り出している」とする、批判的な内容のものであった13, 14

 つまり、BLM運動は米民主党によって煽動されたものであると示唆しているのである。ロシアの国営メディアRT社もまた、民主党がBLM運動を買収して主張を乗っ取っているのだとする記事を発信している15。ロシアの政権とそれに連なるメディアは、このタイミングでのBLM運動の爆発的な拡大は、トランプ政権を貶(おとし)めることを狙った米民主党による工作であるとの主張で一致しているように見える。

 また、現代のファシズムに関して著作のある米国の研究者は、RT社が積極的にBLM運動を貶めるプロパガンダを行っており、2016年のような両サイドを煽る戦術から離れていると主張している16。以上の情報を総合すると、ロシア政府は、現在のBLM運動の高まりを米国内の党派対立に踊らされたものであるなどとして貶め、米民主党のことをも、また、勝利のために手段を選ばない党であるとして貶めようとしているように見える。このようなトランプ大統領の援護とも取れる動きが見られることは、2016年に続いて、2020年の選挙でも、同大統領の当選を選好しているということを表しているのかもしれない。

 これらのロシアの論調を、米国民の分断を招こうとする言説と解釈することもできるだろう。しかし、上記のような、いわば民主党陰謀論とでも呼ぶべき主張を、今回は、IRA社を使用した大規模なプロパガンダで拡散しようとする訳ではなく、政権トップの発言やメディアからの発信による拡散のみに留めている。その内容に見えるトランプ大統領擁護の論調は2016年と同じ方向性に見えるが、その発信方法が限定的であることから、BLM運動への干渉に力を入れていない印象もまた受ける。これは、2016年とは非常に大きく異なる傾向である。その違いを理解するために、2016年のロシアによる影響作戦の内容を振り返ってみよう。
つづく



参考文献

1. GouldMartin. EXCLUSIVE: Police bodycam footage shows moment-by-moment arrest of George Floyd for the first time - from terror on his face when officer points gun at his head, sobbing before he's shoved into squad car and begging to breathe as his life drains away. Daily Mail. (オンライン) 2020年8月3日. (引用日: 2020年8月6日.) https://www.dailymail.co.uk/news/article-8576371/Police-bodycam-footage-shows-moment-moment-arrest-George-Floyd-time.html.
2. BuchananLarry, BuiQuoctrung , PatelJugal K. Black Lives Matter may be the largest protest movement in U.S. history. The New York Times. (オンライン) 2020年7月3日. (引用日: 2020年8月11日.) https://www.nytimes.com/interactive/2020/07/03/us/george-floyd-protests-crowd-size.html.
3. RayRashawn. Why are Blacks dying at higher rates from COVID-19? The Brookings Institution. (オンライン) 2020年4月9日. (引用日: 2020年8月16日.) https://www.brookings.edu/blog/fixgov/2020/04/09/why-are-blacks-dying-at-higher-rates-from-covid-19/.
4. U.S. Bureau of Labor Statistics. Labor Force Statistics from the Current Population Survey. U.S. Bureau of Labor Statistics. (オンライン) 2020年7月2日. (引用日: 2020年8月16日.) https://www.bls.gov/web/empsit/cpsee_e16.htm.
5. The Grand Jury of the District of Columbia. United States of America v. Internet Research Agency LLS, and others. the Mueller Report. New York : the Washington Post, 2019, ページ: 549-585.
6. MuellerRobert S., III. Report On The Investigation Into Russian Interference In The 2016 Presidential Election Volume I of II. (作者) the Washington Post. the Mueller Report. Washington D.C. : 発行元不明, 2019, ページ: 53-259.
7. 古川英治. 「プーチンの料理長」暗躍 裏部隊使いネット工作か. 日本経済新聞電子版. (オンライン) 2018年3月10日. (引用日: 2020年2月15日.) https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27972550Q8A310C1EA1000/.
8. The Grand Jury of the District of Columbia. Indictment in US v. Viktor Borisovich Netyksho et al. the Mueller Report. New York : the Washington Post, 2019, ページ: 587-617.
9. CimpanuCatalin. China, Iran, and Russia worked together to call out US hypocrisy on BLM protests. ZDNet. (オンライン) 2020年6月5日. (引用日: 2020年7月26日.) https://www.zdnet.com/article/china-iran-and-russia-worked-together-to-call-out-us-hypocrisy-on-blm-protests/.
10. U.S. Office of the Director of National Intelligence. Statement by NCSC Director William Evanina: Election Threat Update for the American Public. U.S. Office of the Director of National Intelligence. (オンライン) 2020年8月7日. (引用日: 2020年8月9日.) https://www.dni.gov/index.php/newsroom/press-releases/item/2139-statement-by-ncsc-director-william-evanina-election-threat-update-for-the-american-public.
11. BarnesJulian E. Russia Continues Interfering in Election to Try to Help Trump, U.S. Intelligence Says. The New York Times. (オンライン) 2020年8月7日. (引用日: 2020年8月8日.) https://www.nytimes.com/2020/08/07/us/politics/russia-china-trump-biden-election-interference.html.
12. Ruptly. Russia: Putin says US protests are a ‘demonstration of some deeper internal crises’. Ruptly. (オンライン) 2020年6月15日. (引用日: 2020年8月4日.) https://www.ruptly.tv/en/videos/20200615-015-Russia--Putin-says-US-protests-are-a--demonstration-of-some-deeper-internal-crises.
13. Bloomberg QuickTake News. Putin: U.S. Anti-Racism Protests Sign of 'Deep Domestic Crises' Created by Trump. YouTube. (オンライン) 2020年6月15日. (引用日: 2020年8月4日.) https://www.youtube.com/watch?v=9xpUPdc2XBo.
14. The Daily Coin. Putin: BLM movement designed to dethrone Trump (Video). The Daily Coin. (オンライン) 2020年7月16日. (引用日: 2020年8月3日.) https://thedailycoin.org/2020/07/16/putin-blm-movement-designed-to-dethrone-trump-video/.
15. BuyniskiHelen. Veteran activists have called out BLM as a tool of the Democrats from day 1. But agenda-driven $MILLIONS drown out the grassroots. RT. (オンライン) 2020年6月6日. (引用日: 2020年8月4日.) https://www.rt.com/op-ed/493955-activists-excoriate-blm-coopted-democrats/.
16. RossAlexander R. Russia's Disinformation War on America Takes Racist Aim at Black Lives Matter. Haaretz. (オンライン) 2020年6月19日. (引用日: 2020年8月12日.) https://www.haaretz.com/world-news/.premium-russia-s-disinformation-campaign-takes-racist-aim-at-black-lives-matter-1.8929385.