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新型コロナウイルスに救われた男
高橋和夫(2020.6.19:『経済界』7月号掲載)



 世界中に新型コロナウイルスの被害が広がり甚大な被害が出ている。多くの死者も出ている。にもかかわらず、このウイルスに救われた男がいる。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相である。といっても救われたのは政治生命の方である。

 この政治家には幾つもの汚職疑惑がある。先月に、ついに起訴される予定であった。ところが、新型コロナウイルス騒ぎを受けて検察当局が、その延期を決定した。しばらく騒ぎは収まりそうもないので、ネタニヤフ首相の政治生命も、その間は生き延びることとなった。

 しかも、この貴重な時間を使って同首相は、さまざまなポストを餌に野党の切り崩しのための手を打っている。首相が狙っているのは、取りあえずは起訴で有罪となっても首相の座にある限りは逮捕されない特権を付与する法律の成立である。これが成立すれば、それだけ刑務所が遠くなる。運の強い政治家である。疫病までも味方につけてしまった。

 さて、それでは実際のウイルスの被害の方は、どうだろうか。イスラエルでもウイルス感染が報告されている。それでも医療水準の高い国だけに、対応は中東の中では際立っている。4月初旬の数値では死者が100名ほどで感染者は1万名程度である。死亡率は1%くらいになる。これは低い。ヨーロッパと比べてみると良く分かる。10%超えのイタリアは問題外だが、ヨーロッパで一番致死率の低いドイツでも2%ほどである。そのドイツより、さらに低いのである。

 この国の民主主義のレベルが高いのかどうかは議論がある。しかし、イスラエルの医療水準の高さは見たとおりである。その医療とイスラエルのハイテク産業の協力から、あらたな検査法や治療法が、この国で生まれる可能性にも期待が高まっている。イスラエルのテクニオン大学などでは、既に画期的な検査法の開発が進んでいると報道されている。

 しかし問題もある。ユダヤ教の超正統派と呼ばれる人々の一部は、多数が集合して行う宗教儀礼を続けている。信徒間で急速に感染が広がっている。さらに重大な問題はイスラエルが包囲状態においているパレスチナのガザ地区である。狭い地域に200万人のパレスチナ人が生活している。大半の住民が現在イスラエルとなっている地域からの難民と子孫である。難民キャンプでは、人々が密集して生活している。ウイルスの汚染防止のための対人距離の維持など不可能である。世界最大の青空の刑務所だ。

 イスラエルとの紛争で多くの死傷者が発生している。既に医療制度は能力一杯までの重い負担を背負っている。ここでウイルス感染が広がり始めたら、医療崩壊が想定される。治療を受けられない患者があふれる地獄絵の出現さえ懸念される。イスラエルは地獄絵の傍らで高度な医療を享受する国となるのだろうか。

 この地域ではヒトという存在の素晴らしさと醜さの両面を同時に見る思いである。(了)