薄い氷の上で/ニューヨーク市長選挙とアメリカ・イスラエル関係

 2025年11月4日に行われたニューヨーク市長選挙でゾーラン・マムダニ候補が歴史的な勝利を収めた。34歳というマムダニは、異例の若さだ。またマムダニは最初のイスラム教徒の同市の市長だ。マムダニは、イスラム教徒の父親とヒンズー教徒の母親の間で東アフリカの国ウガンダの首都カンパラで生を受けている。したがってニューヨーク市にとっては最初のアフリカ系の市長だし、最初のインド系の市長でもある。

 さて同候補は立候補以来、一貫してイスラエルのガザ攻撃を批判してきた。もしイスラエルのネタニヤフ首相がニューヨークに来れば、市長として逮捕するとまで言い切っていた。同首相は国際司法裁判所で戦争犯罪に問われているので、ニューヨークに来れば逮捕するというわけだ。

 ニューヨーク市はユダヤ系の人口を百万人も抱えている。イスラエルのテルアビブやエルサレムなどの大都市よりも、ニューヨークのユダヤ系人口は多い。この都市はユダヤ人の存在感ゆえにニューヨークではなく「ジュー」ヨークとして言及されることさえあった。ジューは英語でユダヤ人を意味している。この世界最大のユダヤ人の街でイスラエルを批判する有力政治家など前代未聞だ。

 にもかかわらずマムダニ候補は、まず6月の予備選挙で民主党の候補者指名を勝ち取った。ほとんど無名だったマムダニが、現職のエリック・アダムス市長、元ニューヨーク州知事のアンドリュー・クオモなどの並みいる著名なライバルたちを倒した。他の候補者たちが、強いイスラエル支持を表明した中で、同国に批判的なマムダニは際立っていた。

 もちろんマムダニの成功の最大の要因は、庶民の生活できるニューヨークを取り戻すとのスローガンだ。そのために、バスや保育の無料化、家賃の凍結などの政策を提案した。その費用は、どうするのか。マムダニは、年収百万ドル以上の富裕層への課税での費用の捻出という提案を行った。

 マムダニは庶民の生活の改善を訴えて勝った。だが同時にイスラエル批判が、当選の邪魔にならなかったのも事実である。 各種の世論調査によれば、同市の有権者のガザの問題への関心は経済問題に次いで高かった。

 さて2025年6月に民主党の指名を獲得したので、この段階で実質上の市長選挙は終わりのはずだった。というのは同市では伝統的に民主党が強いからだ。共和党の候補者が当選する確率は低い。

 しかし予備選挙で敗れたクオモやアダムスが、大富豪たちの支援を受けて、本選挙に今度は無所属として立候補する意向を示した。これでは反マムダニ票が割れるとの説得を受けてアダムスは本選挙から降りた。実質上は、本選挙はマムダニとクオモの一騎打ちだった。結果は前者が10ポイント近い差をつけてゴールインした。

 それでは、この本選挙でニューヨークのユダヤ系市民は、どちらの候補に投票したのだろうか。AP通信社の調べによると、ユダヤ教徒の64パーセントがクオモに投票した。マムダニが得たのは32パーセントだ。2対1でクオモ支持が上回った。しかし見方を変えれば、ユダヤ教徒の3人に1人は、マムダニ候補を支持した計算になる。

 ユダヤ教徒の世代別の投票行動のデータは、まだ入手していない。しかし、予備選挙や事前の世論調査では、一般的には若い層になればなるほど、マムダニ支持が高かった。これがユダヤ教徒にも当てはまるとすると、おそらくユダヤ教徒の間でも若い世代のマムダニへの支持が高かったのだろう。通常、若者は高齢者よりも長生きなので、今後イスラエルに批判的なユダヤ人の割合が着実に増加して行くだろう。

 イスラエルのガザ戦争に対する支持は、一般のアメリカ人の間で溶解しつつある。そしてユダヤ系の人々の間でも同様の現象が起こっている。アメリカとイスラエルの緊密な二国間関係は、この溶解しつつある世論の支持の上で展開されている。薄い氷の上で踊る二人のスケーターを見る思いだ。(了)

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