0.はじめに
2018年12月19日、イギリス・ロンドンのガトウィック空港で、小型ドローンの侵入により36時間滑走路が閉鎖される事件が発生した。空港滑走路にドローンが侵入する事案は、カナダやドバイ、ポーランド、中国などでも発生しているが、本事件は、閉鎖時間の長さ(i)とドローンの侵入の頻度、そして滑走路閉鎖を目的とした計画的な試みという点で、これまでの事件とは大きく異なっている。
本事件は上記のように非常に特徴的な事件であるにもかかわらず、事件発生当初を除いて日本のメディアではほとんど報道がなされていない。一方、海外では本事件は頻繁に記事に取り上げられていたものの、時々刻々と変化する情勢を断片的に伝えるもので、事件の流れを把握するにはいささか骨が折れる。
そこで、今後同様の事件が発生した場合の対策を考える際の参考とするため、事件の経過や対策などについて、現地での報道内容、政府発表などを取りまとめたのが本稿である。
1.事件の概要(ii)(iii)
本事件は、2018年12月19日21:00、2機のドローンが滑走路に侵入したとして、ガトウィック空港当局が滑走路を閉鎖すると発表したことから始まる。
翌20日3:00、空港当局は滑走路の使用を再開したものの、わずか45分後にはドローンの目撃情報があったとして再度滑走路を閉鎖した。その後、同日21:30の最後の目撃情報まで、24時間に50件以上のドローンの目撃情報が寄せられた。この日、同空港は750のフライト、11万人の利用客が予定されていたが、終日の滑走路閉鎖により、着陸予定だった機体はヒースローやマンチェスターといった国内の他空港、パリやアムステルダムといった近隣諸国の空港に迂回した。また、空港利用客は食事券などを提供されたものの、ターミナルの床で寝ることとなり、不安な夜を過ごすこととなった。
21日6:30、空港は滑走路が使用可能になったとして、限定的ながらフライトの再開を宣言したが、同日17:20にはまたしてもドローンが出現したとして約70分間にわたって滑走路が閉鎖された。22日にはフライトは全面的に再開されたものの、遅延や休航が生じ、混乱が続いた。
【図】事件発生から軍の撤退までのタイムライン
2.捜査の状況
サセックス警察のJustin Burtenshaw が語っているように、19日の初の目撃情報から21日の滑走路利用再開に至るまで、「我々がドローン操縦者を発見したと思うとドローンは消え、滑走路を開こうとすると再び現れる」(iv)ことの繰り返しで、犯人はおろか使用されたドローンの確保も出来ずにいた。
事態が動いたのは、滑走路の利用が再開した21日である。21日22:00、空港の近くに住むPaul Gait(47)及びElaine Kirk(54)の2名が、本事件への関与の可能性があるとして警察に拘束された。近隣住民によると、Paulはかつて遠隔操作できるラジコンヘリやラジコンカーを保有しており、こうした証言が同人の拘束につながったと考えられる。警察はこの拘束を、市民をこれ以上の被害から守るという警察の決意の表れと表現した(v)。
しかし、拘束の翌日である22日、警察はPaulの自宅を家宅捜索したものの、本件に使用されたドローンと思われるものは発見されなかった。さらに、Paulの前妻の証言によって、空港にドローンが出現した時間帯の彼のアリバイが証明されたことから、拘束の36時間後、事件への関与の可能性は無いとして、2名は釈放に至った。
この間、空港敷地の北部で破損したドローンが発見され、事件との関連性の検証が進められた。一方、警察当局が、本事件の少なくとも当初の時点ではドローンは滑走路付近を飛行していなかった可能性があると発言するなど、捜査は混迷を極めた。
12月29日、サセックス警察のGides Yorkはラジオインタビューの中で、12月19日から21日にかけて、合計115件のドローン目撃情報が寄せられ、そのうち93件は信頼できる情報源であったことを明かし、改めて本件に違法なドローンによる活動が関与していたと発言した。しかし、調査の結果空港敷地で発見されたドローンは事件と無関係であることが明らかになり、ドローンを飛行させたと思われる26か所を調査したものの解明につながる手掛かりは得られなかった。事件の原因に関するYorkの発言も、かつての「(フライトの妨害という)目的達成のために高度に組織化された多数のドローン」から、「a drone」という単数形へと表現が変化し、警察の姿勢にも揺らぎが見られるようになった(vi)。
この後おおよそ2カ月間、捜査に進展は見られなかったが、2月20日のロイター通信の記事によると、タイムズ紙が、サセックス警察は空港内部のレイアウトを熟知している空港関係者が本事件の犯人であると考えていると報じた。この点についてサセックス警察はコメントを発していない (vii)。
3.いかにドローンの侵入を防ぐか?(1)-C-UAS-
しかし、そもそもなぜドローンが空港に侵入するとフライトを中断せざるを得なくなるのか。
ドローンが航空機に及ぼす危険性についての研究はまだ数が少なく、その結果も様々ではあるが、バードストライクと同様、エンジンにドローンが吸い込まれた場合にはエンジンが破損してしまう可能性がある。またその際、ドローンの動力であるバッテリーは衝撃によっても破砕されず、機体フレームの中に残存することで火災の原因ともなる。加えて、コクピットの窓ガラスに衝突すれば、ガラスを割ってしまう危険がある(viii)。
一方で、Drone Major Group社 のRobert Garbett氏は、ドローンが商用航空機に与える影響は極めて少なく、地方空港の上空を飛ぶヘリコプターや軽航空機の方がよほど危険性が高いとして、本事件に対する空港当局の対応を「過剰反応」と評している(ix)。
以上のように、議論はあるものの、ドローンがたった一機でも航空機の運航に危険を及ぼす可能性がある以上、航空インフラの保全のためにはドローンの侵入防止と、侵入した場合の対処が重要となる。そのための手段として開発されているのがC-UAS(Counter- Unmanned Aerial System)である。Arthur Holland Michelが2018年2月に公表したレポートによると、C-UASとは、レーダーや音感センサー、無線周波数によるドローンの探知、ジャミングによる妨害やレーザー兵器による物理的な破壊機能を有するシステムの総称であり、近年では33か国155社によって、230以上もの製品が開発(ないし販売)されているという(x)。
効果の有無は定かではないが、本事件への対応でも、サセックス警察や後に空港に展開した軍はC-UASを使用している。
事故発生当初、サセックス警察が使用したのは中国DJI社製の「Aero Scope」だったと言われている。これはブリーフケース大の市販の装置であり、DJI社製のドローンであれば同社のデータベースにアクセスすることで、ドローンとその操縦者の位置を特定することが出来る。しかし、本事件で使用されたドローンはDJI社製のドローンでは無かったことから、「Aero Scope」では探知することが出来なかった。なお、本事件で使用されたドローンのメーカー、機種等は現時点でも明らかになっていない。
英国防省は20日に警察支援のために装備を展開すると発表し、続けて翌21日には、夕方のドローン再出現を受けて、空港の機能確保のために追加の装備を派遣すると発表した。その際に派遣された装備が、イスラエルRafael社製の「Drone Dome」である。この装備は、空港への脅威が排除されたとして2019年1月3日に撤去されるまで、約13日間にわたって空港の屋上に設置されていた。
「Drone Dome」は、レーダー装置、光学探知装置、ジャミング装置、レーザーによる攻撃装置といった複数の装置から構成され、ドローンに対してジャミング等による無力化(Soft-kill)だけでなく、物理的な破壊(Hard-kill)も可能である。通常の航空機であれば、約50km(31マイル)先のものを探知することができ、本事件で使用されたような小型ドローンでも3km以上先のものを探知することが出来る(xi)。なお、英国防省は2018年8月、1億5800万ポンド(約222億円)で6機の「Drone Dome」を購入しているが、その際はレーザー発射装置等の物理的攻撃手段を持たないタイプを購入している(xii)(xiii)。
ただし、「Drone Dome」にも欠点はある。使用されたドローンが完全自律型であった場合、仮にコントローラーとの間の信号通信をジャミングしたとしても妨害行為を止めることは出来ない。また、「Drone Dome」に限らず、ジャミング対策一般に言えることだが、コントローラーとの間の通信をジャミングして無害化しようとした際、その場で突然落下する等想定していない動きをすることで、状況を悪化させる可能性もある(xiv) 。
先述のように、本事件への対応は空港側の「過剰反応」であり、高価な対ドローン装備購入を急ぐような対応はすべきでないという声もある中、ヒースロー、ガトウィック両空港は2019年1月に入り、数百万ポンドを投じて対ドローン装備を導入すると公表した。導入するシステムの製品名は明らかにされていないが、本事件での対応に軍が使用した「Drone Dome」と同等のものを導入するとされている(xv)。本事件の発生後、内閣府担当大臣David Lidingtonはメディアに対して、空港自身も対ドローン技術を導入するような自助努力をすべきと発言しており、空港側の対応にはこうした背景もあると考えられる(xvi)。
ちなみに、ドローンへの対策については、「Drone Dome」のような高価な装備・先端技術を用いたものだけではない。銃撃による撃墜は流れ弾や撃墜したドローンの残骸が落下することによる二次被害の危険があることから、ネットによる捕獲という手段が採られている。また一風変わったものとして、オランダの警察では、ドローン対策として、不法に侵入したドローンを捕まえるように鷹を調教している、というものもある。
4.いかにドローンの侵入を防ぐか?(2)-法規制(xvii)–
空港へのドローンの侵入防止は、前項のような技術面に加え、法制度面でも手段が講じられている。本事件の前から、英国政府はドローンの運用について、下記のような規制をかけていた。
- 離着陸時を除き、操縦者以外の人、乗り物、建物から50m以内、人口密集地から150m以内での飛行禁止(離着陸時については、操縦者以外の人から30mの離隔を取らなければならない)
- 操縦者の視認範囲外での飛行禁止
これらに加え、2018年5月には、国内全域で400ft(約120m)以上の高度での飛行制限が課せられたほか、重量7kg以上のドローンは空港から半径4.6km、7kg未満のドローンは半径1kmの空域は無許可での飛行が禁止されることとなった(これらの規制は2018年11月30日から発効された)。さらに、2019年11月30日からは、重量250gから20kgのドローンを保有している者に対して、機体の登録と事前の適性検査が義務付けられることとなっていた。
以上のような既存の規制に加え、英運輸省は2019年1月に「Taking flight: the future of drones in the UK government response」という文書を公表し、以下の規制を今後追加すると発表した。
- 航空機の離発着時の安全確保のため、滑走路端部から長さ5km、幅1kmのエリアを飛行禁止エリアに追加
- 警察に対して、以下の権限を付与
- 操縦者、オペレーターに対する事前登録、適性検査その他法令に基づく許可、免許等の提示要求
- 氏名、住所の提示要求
- 警察官の指定した場所へのドローンの強制着陸
- 家宅捜索
- 違法行為への関与が疑われるドローン及び、違法行為によって得られたドローン内部に保存された電磁的情報について、それらが廃棄される恐れがある場合に、証拠保全を目的とした押収
- 上記に加え、ドローン使用登録証その他登録していることを証明する証拠を提示できない場合、警察によるドローン着陸指示に従わない場合、適性検査に合格している証明ができない場合には、一定額の罰金処分
英国政府は2019年2月20日、上記のうち飛行禁止エリアの追加については3月13日から発効し、時期は明らかにしなかったが警察への新しい権限付与に関する新法も制定すると発表した(xviii)。
ただし、規制エリアの有効性については、そもそも本事件以前も空港周辺は飛行禁止となっていたにもかかわらず事件が発生したのであり、実行犯は規制の有無によって影響されないという意見もある。この点については英国政府自身も認めるところであるが、偶発的な衝突やそれに伴う事故の発生を防ぐという意味では重要な規制であると発言している。
5.終わりに
本事件の直後、過激派組織ISは、ドローンを用いたテロ行為の実施を示唆するかのように、かつて自身が実行したテロ事件の画像と共に、ニューヨーク上空をISのロゴがついた荷物を運ぶドローンが映る画像を公開した。1月8日には、イギリス最大の空港であるヒースロー空港においても、ドローンが滑走路に侵入して1時間にわたって離発着が中断させられる事件が発生している。いつ何時、我が国においても、ガトウィック空港で発生したものと同レベル、あるいはより影響の大きい事件が発生しても不思議ではない。
ドローンが安価でかつ容易に購入できるようになった現在、いったんこのような事件が発生すれば、誰が事件の犯人かを特定するのは非常に困難となる。市民生活にとっては甚だ厄介なことに、誰もがドローンにより引き起こされる事件の被害者となり得ると同時に、これほどまでにドローンが一般に普及してしまったがために、誰もが実行犯として疑われうる状況となっている。一方で、ドローン技術の発達と普及は、すでに市民生活にも大きな利便性をもたらしており、その利便性は今後さらに増していくだろう。
ドローンに対する市民の理解を妨げることがドローンを用いた犯罪行為への社会全体の対応力を損なうことになる。先述の「Taking flight: the future of drones in the UK government response」文書に書かれていた文言だが、いかにドローンの利点と危険性についての市民の理解を深めていくかという点は、我が国の今後の対応を考える上でも、非常に重要なことであると考えている。(了)
(i) 元英国空軍のパイロットのParkerは、ドローンのバッテリーは通常30分程度しか持たないことから、複数のバッテリーを用意し、交換しながら飛行させることで、長時間の妨害が可能となったのではないか、と論じている。“Police hunt drone pilots in unprecedented Gatwick Airport disruption”By Sheena McKenzie and Gianluca Mezzofiore, CNN, December 20, 2018 https://edition-m.cnn.com/2018/12/20/uk/gatwick-airport-drones-gbr-intl/index.html
(ii) “Timeline: How the drone chaos at Gatwick Airport unfolded“18 February 2019 https://www.independent.ie/world-news/europe/britain/timeline-how-the-drone-chaos-at-gatwick-airport-unfolded-37647539.html
(iii) “GATWICK RECAP: A timeline of drone Christmas carnage”DECEMBER 21, 2018 https://www.commercialdroneprofessional.com/gatwick-recap-a-timeline-of-yesterdays-events/
(iv)“Police hunt drone pilots in unprecedented Gatwick Airport disruption”By Sheena McKenzie and Gianluca Mezzofiore, CNN, December 20, 2018 https://edition-m.cnn.com/2018/12/20/uk/gatwick-airport-drones-gbr-intl/index.html
(v) “Two people arrested in connection with Gatwick drone incidents” By Laura Smith-Spark, Nada Bashir and Anna Stewart, CNN,December 22, 2018
https://edition.cnn.com/2018/12/21/uk/gatwick-airport-drone-arrests-gbr/index.html
(vi) “UK police still have no proof of the drone attack that grounded 1,000 Gatwick flights” By Rosie SpinksDecember 30, 2018
https://qz.com/1511667/the-gatwick-drone-incident-is-still-a-mystery-to-british-police/amp/
(vii) “Police think Gatwick worker may have launched drone attack, Times says”FEBRUARY 21, 2019
https://www.reuters.com/article/us-britain-gatwick-drone/police-think-gatwick-worker-may-have-launched-drone-attack-times-says-idUSKCN1QA16E
(viii) “Gatwick airport: How can a drone cause so much chaos?”Jane Wakefield,21 December 2018
https://www.bbc.com/news/technology-46632892
(ix) “’Sustained’ drone attack closed Gatwick, airport says”20 February 2019,Tom Burridge
Transport correspondent, BBC News
https://www.bbc.com/news/business-47302902
(x) “COUNTER-DRONE SYSTEMS”Arthur Holland Michel,February 2018 https://dronecenter.bard.edu/publications/counter-drone-systems/
(xi) “MULTI-LAYERED DOME SYSTEM TO COMBAT DRONE THREAT“
written by Australianaviation.Com.Au, February 26, 2019
https://australianaviation.com.au/2019/02/multi-layered-dome-system-to-combat-drone-threat/
(xii) “Rafael’s Drone Dome Defeated Gatwick Drone“January 2, 2019
https://www.uasvision.com/2019/01/02/rafaels-drone-dome-defeated-gatwick-drone/
(xiii) “UK Selects Rafael Drone Dome C-UAS System”August 15, 2018
https://www.uasvision.com/2018/08/15/uk-selects-rafael-drone-dome-c-uas-system/
(xiv) “Are We Ready for a Sky Full of Drones? Recent Airport Attacks Say No”Thomas Hornigold,Jan 21, 2019https://singularityhub.com/2019/01/21/are-we-ready-for-a-sky-full-of-drones-recent-airport-attacks-say-no/
(xv) “London’s Heathrow and Gatwick airports have purchased their own anti-drone systems”By Andrew Liptak on January 5, 2019
https://www.theverge.com/platform/amp/2019/1/5/18169215/london-heathrow-gatwick-airports-anti-drone-defense-systems
(xvi) “Heathrow drone: police investigating whether it is linked to Gatwick chaos”Vikram Dodd and Matthew Weaver,Wed 9 Jan 2019
https://amp.theguardian.com/uk-news/2019/jan/09/heathrow-drone-police-investigating-whether-it-is-linked-to-gatwick-chaos
(xvii) “Taking flight: the future of drones in the UK government response”Department for Transport ,7 January 2019
https://www.gov.uk/government/publications/government-response-to-future-of-drones-in-the-uk-consultation
(xviii) “Drones: national campaign and extended ‘no fly’ zone around airports”
20 February 2019, Department for Transport, Home Office, and Baroness Sugg CBE
https://www.gov.uk/government/speeches/drones-national-campaign-and-extended-no-fly-zone-around-airports