CISTEC Journal 3月号掲載[2019.4.1]
両政府に板挟みのファーウェイ
1. 米「国防権限法(NDAA)」は不十分か
ファーウェイ社、ZTE社に対する制限でいえば、今のところ、米国で2018年8月に成立したNDAAに盛り込まれたものが最も直接的である。両社を含めた5社が直接名指しをされ、期限を切られて制限を掛けられることになる。第2回第4節で述べたように、この法律は二段階を経て実施される。
第一段階では、両社のシステムを基幹に使用した製品、システム、サービスの米政府機関による購入が禁止されるだけである。この段階では、サプライチェーン攻撃への対処は部分的である。例え中国の会社であっても、両社のシステムを基幹に使用しない製品を売る限り制限を受けない。また、中国の工場で作られた製品を部分的に使用した製品、システムや、中国で組み上げられた製品を使用した企業も、基本的に米政府機関と取引するとき何の制限も受けない。もし、中国が本当にサプライチェーン攻撃を仕掛けようとするならば、最も大きな二社というチャネルが失われたとはいえ、やりようは残されている訳である。
そして、第二段階が適用されると、今のままでは、多くの中国企業が米政府との取引を禁じられることになるだろう。相対的に安価な両社の通信システム(及び3社の監視カメラシステム)を導入していない企業であれば、例え中国企業であっても米政府機関との取引は変わらず可能である。しかし、相対的に高価な米国などのシステムを使用する中国企業がどれだけあるだろうか。今後は、米政府機関とビジネスをする可能性のある企業は中国企業であっても、名指しされた5社とその関連企業の製品を導入しないようにするしか方法がない。しかし、これは逆に、この対応さえした中国企業なら、サプライチェーン攻撃が可能ということにはなる。
このように、NDAAは徹底的に中国からのサプライチェーン攻撃を防ごうとする施策というよりは、米国その他各国の企業だけでなく、一部の中国企業からさえ、ファーウェイ社、ZTE社との取引を締め出そうという制裁の意味合いが強いように見える。自分はこの規制を、不十分なサプライチェーン・サイバーセキュリティ脅威への対応というよりは、冷静なピンポイントの制裁による、効果的な他企業への見せしめと感じている。
2. ファーウェイの経営者の思いはどこにあるのか
企業は例え中国企業といっても内心は国家安全保障に協力するよりは、経済活動を優先したいのではないかと自分は想像している。自分の経験でいえば、北京の繁華街を歩いたときなど、目を付けられれば、呼び込みはいつまでも(確か500メートルぐらいは)付いてくるし、露店で売っている置物に目を留めようものなら、いつまでもその宣伝につきあわされる。商魂たくましい商人気質の国民なのだというのが実感である。共産主義国家と銘打たれている割に、実際に行ってみるとバイタリティー溢れるアジア的な自由経済を感じるのである。
人民解放軍出身であり、同軍との関係が取りざたされることの多いファーウェイ社創業者の任正非氏だが、若い頃に同軍をリストラされて商業に向かった人物である。経歴で見る限り、果たしてどれだけ人民解放軍に義理を感じているのかは疑問である。同氏は、中国には同社にスパイ行為を強いる法律はないといっているし、また、もし求められても自分が逮捕されても顧客の情報は護ると発言している。国家情報法もそこまでは求めていないとの解釈だろう。この言葉を信じるなら、同氏は中国政府からの圧力と、米国政府からの圧力の双方と戦っていることになる。
しかし、F7社がファーウェイ社であるとすれば、同社はかなり積極的に米国の輸出規制を回避していたということになる。また、2017年には米Tモバイル社による民事訴訟に敗訴しているが、このときは、Tモバイル社の機密情報を盗んだものに報奨を与えるなどしていたと、内部Eメールの証拠が示しているという。このケースに見られるように、米企業に対する産業スパイ行為にもまた積極的であったのだろうか。利益と直結したときには、同社は熱心に規制回避をしているように見える。
3. ファーウェイの遵法意識は?
輸出規制回避などに比べ、中国政府に求められてのスパイ行為には商業的メリットが必ずしも見えない。もちろん、スパイ行為に対して巨額の報酬が中国政府から支払われるというケースは考えられる。米国の例で見れば、例えばNSAは米国の大手電話会社数社(AT&T社、ベライゾン社、MCI社などと見られている)からEメールのデータや携帯電話の通話データの提供を受ける見返りに2011年に年間2億ドル以上の金額を支払っている25。一党独裁が前提の中国の方が、予算は不透明にできるであろうことを考えると、より多くの金額を議会通過するか否かの懸念をせずに支払えそうにも思える。
しかし、万が一、スパイ行為への協力が露見した場合に失う市場規模、あるいは、ZTE社が受けたような米国製技術へのアクセスの禁止などのリスクを考えた場合、割に合うとは思えない。一代で巨大企業を育て上げた企業家が、果たして、愛国心のためにこれだけの商業的リスクを引き受けるだろうか。
経営者の想いがどこにあるのか、自分は上記のように同情的に考えている。しかし、「それでは任正非氏を信じてファーウェイ社にチャンスを与えましょう」とは非常に言い難い。まず、輸出規制違反で米国に対する信用を大いに失っているし、ポーランドにおける同社員のスパイ行為や、Tモバイル社に対する組織ぐるみの産業スパイなど、一発アウトのレッドカードが何枚も出ているように見える。また、娘であり副会長でもある孟晩舟氏は輸出規制違反への関与が疑われている。経営者本人の意図を信じる人が現れたとしても、これでは、少なくとも、社内の遵法意識がかなり低いのではないかという懸念を抱かざるを得ない。どこまで信じてよいかわからないのである。
(つづく)
参考文献
25. Angwin, Julia ほか. AT&T Helped U.S. Spy on Internet on a Vast Scale. the New York Times. (オンライン)2015年8月15日. (引用日:2019年2月1日.) https://www.nytimes.com/2015/08/16/us/politics/att-helped-nsa-spy-on-an-array-of-internet-traffic.html.