無人航空機と変容する兵士像(4)

CISTEC Journal 5月号掲載[2019.6.13]

遠隔操作は兵士に何をもたらすか

1. 発砲しない兵士たち

 死の危険を伴わない無人機オペレーターたちは、やはり精神的に楽なのだろうか。それとも、それなりに辛い思いをしているのだろうか。確かに自分は死なないかもしれないが、画面の中で、自軍や友軍の兵士は死亡するだろう。そして、自分が攻撃した相手ももちろん死傷する。米国の心理学者デーヴ・グロスマンは、戦闘における殺人を研究する中で、次のように語っている。

ほとんどの人間の内部には、同類たる人間を殺すことに強烈な抵抗感が存在する(中略)。その抵抗感はあまりに強く、克服できないうちに戦場で命を落とす兵士が少なくないほどだ36 p.44

 グロスマンは、自身、米陸軍中佐としてベトナム戦争などで実戦を経験している。また、第二次世界大戦の米軍兵士を調査した別のある将校は、火線(敵と砲火を交える前線)に並ぶライフル兵たちのうち、わずか15~20%しか発砲していなかったことを発見している36 p.43。この傾向は特に、上司や同僚に、その怠慢が見咎められないような環境下で高くなる。戦場にあっても、もし周りにバレないのであれば、できるだけ人を殺したくないというのが人情なのかもしれない。

 第二次世界大戦ではこの傾向が強かった。しかし、この後、米国では、訓練によってこの傾向が「改善」され、ベトナム戦争では90~95%もの兵士が発砲できるようになった。しかしこの訓練は、必ずしも、殺人を行うことの精神的負担を軽くするものではなかった。その為、ベトナム戦争後の兵士のPTSD(心的外傷後ストレス障害)発症は、後に社会問題となるほどのものとなったのである36 p.388-390

2. 精神的負担は軽いか重いか

 米国本土の基地に通勤するオペレーターたちによる無人機による作戦と異なり、通常の軍事作戦では、兵士は大人数で海外に派遣される。米空軍に所属するある軍医によれば、このことによって組織のアイデンティティや団結が生まれ、それが、戦闘からくるストレスを克服する助けになっているのだという46。しかし、無人機オペレーターの業務スタイルからはこのような要素が欠落している。戦場へ送られた兵士たちが共に密接な形で過ごすのと異なり、同胞意識を高めたり、その日にあったことを語り合って、ウサを晴らしたりすることもできない47

 また、無人機オペレーターたちが、事務所で戦争を戦った後に、帰宅し、家族と共に過ごすことが特殊なストレスとなっているともいう46。2006年頃から、無人機オペレーターの精神的な負担の重さを懸念する声は上がっており、繰り返し研究がなされてきている(表6)。それでは、殺人への抵抗という意味で見たとき、無人機オペレーターたちの精神的負担は、有人機のパイロットに比べて、重いのだろうか、それとも軽いのだろうか。

表6. 米無人機オペレーターの心理的負担の調査

時期論者論旨
2006年Tvaryanas、トンプソン他2005年に28名の無人機クルーを対象に調査を行った。交替勤務に従事する無人機MQ-1プレデターのオペレーターに、気分の落ち込み、生活の質の低下、倦怠感の増大、極度の感情的疲労、燃え尽き症候群が見られた。また、業務に関連した中~高度の「退屈」が訴えられている59
2008年Tvaryanas、プラット他2006年12月に、MQ-1プレデターオペレーター66名を対象に調査した結果、交替勤務制度の見直しによってオペレーターの心理的問題に改善は見らなかった。従って、必要なのは人員不足の解消である60
2011年シャペル、サリナス600名のMQ-1、MQ-9オペレーター、264名のMQ-4グローバルホークオペレーター、及び無人機をサポートする非戦闘空軍兵(指揮官、サポート、物流など)600名に調査を行った。その結果、非戦闘空軍兵に比べ、無人機オペレーターには燃え尽き症候群の発生が顕著であることが分かった。また、その理由は長時間労働や人員不足、キャリアへの不安などにあるとわかった61
2012年シャペル、マクドナルド2010~2011年に掛けて、670名のMQ-1プレデター、MQ-9リーパーのオペレーターを含む空軍飛行士を対象に調査を行った。PTSDを発症している可能性の高い者の比率は、無人機オペレーターは5%と、有人機飛行士の2%に比べて高かった50
2013年オットー、ウェバー無人機パイロットは、同時期にイラクやアフガニスタンに派遣されたその他の(有人)空軍パイロットと同程度の比率で精神疾患と診断されている62
2014年シャペル、グッドマン他MQ-1プレデター、MQ-9リーパーのオペレーター1,084名を対象にPTSD症状の調査を行った。対象者のうち4.34%が中~高程度の危険性と診断された。これは、帰還兵のPTSD発症率(4~18%)の中では低い値となる55

3. 殺人を可能にする3つの要素

 前記の心理学者グロスマンは、殺人に対する兵士の心理を分析して体系立てている。それによれば、距離をおいて攻撃を行うことによって、殺人の精神的負担は軽減されるのだという。彼の分類でいう「最大距離」、及び「長距離」からなされる攻撃は、共に集団免責、機械の介在、物理的距離という3つの要素の「強力な組み合わせ」によって殺人の重圧という精神的被害から守られているという36 p.194-196。確かに、面と向かって素手で殺すより、遠くから発射ボタンを押すなどして殺害する方が、精神的に苦しまずに済むであろうことは、なんとなく想像できる。

 例として、そのようなボタンを実際押したことのある、ある有名人の感想をひとつ見てみよう。単独での大西洋無着陸飛行を世界で初めて成し遂げ、『翼よ、あれがパリの灯だ』で有名なチャールズ・リンドバーグは、太平洋戦争に従軍し、日本軍と戦っていたことがある。1944年9月、リンドバーグはF4Uコルセア(図2)に搭乗し、マーシャル諸島の日本軍に対し、連日、空爆を加えていた。9月10日のウォッジェ環礁空爆時の記述の中で、以下のように語っている。

別世界の映画館でスクリーンを眺めやるように、操縦士は島の地表から隔絶されているのである。大空にある飛行機、海上にある孤島。その間には両者を繋ぐ認識の糸も相互理解の糸も、また人間的感情の糸もない。近代戦にあっては、殺戮は距離をおいて行われ、しかも殺戮を行うに当り、人間を殺しているという意識すら湧かないのだ48, 49

図2. F4Uコルセア:リンドバーグはこれに2,000ポンド爆弾を一つ、1,000ポンド爆弾を二つ積んで目標に向かった。
San Diego Air & Space Museum Archives on VisualHunt.com

 グロスマンのいう「最大距離」とは、双眼鏡、レーダー、潜望鏡、リモートカメラなどといった機械的手段を使わなければ、個々の犠牲者を認識できない距離とされ、「長距離」とは敵を目視することはできても、狙撃銃、対戦車ミサイル、戦車の火砲などの特殊な武器を使わなければ殺せない距離とされている。無人機による攻撃は、無人機のカメラを経由した映像を見てなされるので、機械的手段を使ったといえるだろう。従って、この分類でいう「最大距離」からの攻撃に相当すると考えられる。

 ということは、前掲の3つの要素によって、無人機オペレーターは殺人が容易になっているということが、グロスマンの議論から導かれるはずである。筆者には、どうもこれらが必ずしも適合していないように思えるのである。次回では、この3つの要素、「集団免責」、「機械の介在」、「物理的距離」の無人機オペレーターとの適合具合をそれぞれ見ていきたい。

つづく

参考文献

36. グロスマン , デーヴ . 戦争における「人殺し」の心理学 .( 訳) 安原和見 . 東京都 : 原書房 , 2004.
46. Ortega, Jr.Hernando J. Challenges in monitoring and maintaining the health of pilots engaged. Medical Surveillance Monthly Report. 2013年3月, 第20巻, 3, ページ: 2.
47. Lindlaw, Scott. Remote-control warriors suffer battle stress at a distance. boston.com.(オンライン)2008年8月8日.(引用日:2019年3月28日.) http://archive.boston.com/news/nation/articles/2008/08/08/remote_control_warriors_suffer_battle_stress_at_a_distance/.
48. リンドバーグ , チャールズ . 孤高の鷲 : リンドバーグ第二次大戦参戦記 下 .(訳) 新庄哲夫 . 東京都 : 学習研究社 ,2002. ページ: 302.
49. Lindbergh, Charles A. The Wartime Journal of Charles A. Lindbergh. New York : Harcourt Brace Jovanovich, 1970. ページ:919-920.
50. Chappelle, Wayne, ほか, ほか. Prevalence of High Emotional Distress and Symptoms of Post-Traumatic Stress Disorder in U.S. Air Force Active Duty Remotely Piloted Aircraft Operators (2010 USAFSAM Survey Results). Defense Technical Information Center.(オンライン)2012年12月.(引用日:2019年3月19日.) https://apps.dtic.mil/dtic/tr/fulltext/u2/a577055.pdf.
55. Chappelle, Wayne, ほか, ほか. An analysis of post-traumatic stress symptoms in United States Air Force drone operators.Journal of Anxiety Disorders. 2014 年, ページ: 480-487.
59. Tvaryanas, Anthony P., ほか, ほか. Effects of Shift Work and Sustained Operations: Operator Performance in Remotely Piloted Aircraft(OP-REPAIR). San Antonio : United States Air Force 311th Human System Wing, 2006.
60. Tvaryanas, Anthony P., ほか, ほか. A Resurvey of Shift Work-Related Fatigue in MQ-1 Predator Unmanned Aircraft System Crewmembers. Brooks City-Base : Naval Postgraduate School, 2008.
61. Chappelle, Wayne, Salinas, Amber , McDonaldKent. Psychological Health Screening of Remotely Piloted Aircraft (RPA)Operators and Supporting Units. Proceedings of the North Atlantic Treaty Organization Research and Technology Symposium: Mental Health and Well-Being Across the Military Spectrum. 2011年4月10-15日.
62. Otto, Jean L., Webber, Bryant J. Mental health diagnoses and counseling among pilots of remotely piloted aircraft in the United States Air Force. Medical Surveillance Monthly Report. 2013年, 第20巻, 3, ページ: 3-8.

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