核兵器保有の「敷居」に立ったイラン(2)

3.軍事的な選択

 こうして見ると各国は、核兵器の保有の敷居国家となったイランとの共存を選択しつつあるように見える。

 だが、それでも軍事的に、これ以上のイランによる核開発を止める選択は本当にないのだろうか。政治的な理由からアメリカは、軍事的に動きにくいという状況は既に説明した。それではイランの脅威を喧伝(けんでん)してきたイスラエルは、どうだろうか。イスラエルにはイランを攻撃する力はないのだろうか。同国は1981年にイラクの原子炉を爆撃した。そして2007年にはシリアの原子炉を同じように破壊した。

 それでもイラン爆撃には幾つかの困難が指摘できる。まずイラクやシリアの核関連施設は地上に建設されていた。イランは、両国の施設が爆撃で破壊された前例を踏まえ、核関連施設の多くを地下深くに建設している。またイラクとシリアの両国の核施設は一か所のみであったが、イランは広い国土に分散して多くの施設を建設している。しかもイランはイスラエルから遠い。

 イスラエルから重い爆弾を積んでイランまで出撃すると、空軍機は燃料が続かず帰還できない。そのためには、途上の国の基地を使わせてもらうか、あるいは空中給油機を飛ばすしかない。しかしイスラエル空軍に基地を提供した国はイランからの厳しい報復を招くだろう。そうした国があるとは考えにくい。

 また、空中給油機の運用には高度の技術が必要である。空中給油機と攻撃機が全く同じ高度、同じ方向、同じ速度で飛行し、給油機から垂らしたノズルを攻撃機の給油口に差し込んで給油する。長時間の飛行と攻撃で疲れたパイロットには、可能ではあるものの大きな負担である。しかも機が被弾などしていれば、その作業は、さらに困難になる。そして一番の問題は空中給油機をイランとイスラエルの間に飛ばさねばならないことである。その飛行を許可する国があるだろうか。基地の提供と同じく、これはイランの怒りと報復を呼ぶ行為となる。サウジアラビアの油田地帯に対する前述の精確な攻撃を踏まえると、おいそれとイスラエルに協力する国はないだろう。

 このようにイスラエルによるイラン攻撃は難しい。しかも実際に攻撃が行われた場合、イスラエルに協力する国々に対する報復と同時に同国自身に対する反撃も想定される。イランにはイスラエルを攻撃する空軍力はない。しかしイスラエルを射程に収めたミサイルを保有している。その数は多く、その精度は高い。

 つまり、爆撃を敢行した場合には、イスラエルは、イランからのミサイルによる報復を覚悟する必要がある。そればかりか、レバノン南部を支配するシーア派の組織ヘズボッラーからのミサイル攻撃も起こるだろう。ヘズボッラーはイランが育成してきた組織である。大小のミサイルを万単位で保有している。イスラエルは、このヘズボッラーの脅威を取り除くために2006年にレバノン南部に対して大規模な爆撃を行った。

 ヘズボッラー側はミサイルで反撃し連日にわたり百発以上のミサイルをイスラエルに向けて発射し続けた。比較的に狭い地域であるレバノン南部を空爆し続けたが、イスラエルはミサイルを止めることはできなかった。結局イスラエルは陸軍部隊を投入して問題を解決しようとしたが、その部隊がヘズボッラー側からの反撃で大きな損害を出した。この段階でイスラエルは、対ヘズボッラー作戦を止めた。ヘズボッラーからのミサイルの脅威を除去という目的は達成できなかった。当時に比べるとイスラエルの防空システムは格段と進化している。しかしヘズボッラーのミサイル戦力も拡充されている。

 イスラエルではイラン攻撃という案は何度も検討されたが、作戦の難しさやイラン本土とレバノン南部からの報復の可能性を考慮しての軍や諜報当局の反対で実行されなかった。イランはロシアにドローンを提供した見返りにロシアの最新の対空ミサイルシステムや戦闘爆撃機を輸入するようだ。その防空能力は、さらに高まるだろう。つまりイランの核開発の軍事力による阻止が、さらに困難になりつつある。(了)

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