2023年8月末、アメリカ国防産業協会(National Defense Industrial Association)の先端技術研究所(Emerging Technologies Institute)が主催する“国防のための先端技術”(Emerging Technologies For Defense)と題する会議・展示会において、国防総省は、中国への対抗を目的としたUAV(Unmanned Aerial Vehicle:無人航空機)開発イニシアティブ 「レプリケーター(Replicator)」(以下、「本構想」という)の実施を発表した[i][ii]。
本構想の立ち上げには、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以来観察されている安価な民生用UAVの活躍が影響を及ぼしているともされており、ヒックス(Kathleen Hicks)国防副長官は会議の場で、今後1年半から2年の間に“Attritable”な数千機のUAVを製造、配備するという目標を示した[iii][iv][v]。
アメリカが中国への対抗を明示した上で、限られた期間で数千機のUAVを開発・配備すると発表したことは、アメリカの切迫感を表すものとして非常に興味深い。しかし、研究者やメディアの中には、本構想におけるUAVの開発に関して、いくつかの課題の存在を指摘する声もある。
一つは、開発するUAVに求められる性能である。人民解放軍との主たる戦場はインド太平洋地域の海上、島嶼部が想定され、アメリカ軍は本土や基地から遠く離れた海域・島嶼でUAVを運用することになるものと思われる。地続きの平野で戦闘していたロシア、ウクライナ両軍とは大きく異なる環境であり、必要とされるUAVのスペックや種類も異なるだろう[vi]。
新アメリカ安全保障センター(Center for a New American Security)のフェローであるアンドリュー・メトリック(Andrew Metrick)は、インド太平洋地域で運用するドローンの形態は、ヨーロッパにおけるそれよりも大型で、航続距離の長いものとなることから、製造費用も高くなるだろうと指摘している[vii]。また、ニューヨーカー紙のスー・ハルパーン(Sue Halpern)も、ウクライナで使用されていた小型UAVの多くは航続距離もエンジン出力等も限られていることから、アメリカが安価で航続距離の長いUAVの開発に成功しない限り、中国がインド太平洋地域の空における優位を保つだろうと指摘している[viii]。
また、戦場での消耗に対応できるだけの供給能力の構築も課題である。英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)によると、1か月当たりのウクライナ軍のUAV損失は約1万機に達しているという[ix]。本構想で想定されている中国の「量」に対抗するには、アメリカも、迅速にAttritableなシステムを開発した上で、戦場での損耗を上回るペースで製造、調達し、戦場の兵士の下に送り届け続ける必要がある。メトリックは、政府自身が製造設備や工場を整備することも必要ではないか、という意見を出している[x]。また、ジョージタウン大学の安全保障・先端技術センター(The Center for Security and Emerging Technology)に所属しているローレン・カーン(Lauren Kahn)は、製造の加速化だけでなく、開発から実験、評価に至るライフサイクルを加速化させることで、最新技術を使用した兵器を速やかに戦場に展開することの重要性を指摘している[xi]。さらに、退役陸軍少将でアメリカン・エンタープライズ公共政策研究所に所属しているジョン・フェラーリ(John Ferrari)らは、UAVを機能させるソフトウェアと、それをくみ上げ、修正・改善できるだけのプログラミング能力を有する兵士(“Army of coders”)の必要性も指摘している[xii]。
こうした課題が指摘される一方、本構想に関しては具体的な内容があまり公開されておらず、議会でも、本構想がどのように資金を確保し、どのように実行されるのか、また国防総省の取り組みが産業界や軍関係者に明確に伝わっているのかについて懸念が表明されている[xiii]。ヒックスは、本構想を所管する新組織の設立や、2024会計年度における新規予算要求を行わないと発表しているが、それ以上の情報はほとんど公開されておらず、どのような開発プロジェクトが本構想の下に含まれるのかも不明である[xiv]。
先ほど引用したローレン・カーンは、本構想の下で開発努力が勢いを保ち続けるためには、早い段階で成果を挙げる必要がある、と指摘している[xv]。発表から約2か月、評価を下すには短すぎる期間とも思えるが、道のりは険しそうである。(了)
[i] Stew Magnuson, BREAKING: New ‘Replicator Initiative’ More Than Just Swarming Drones, DIU Chief Says, National Defence, 2023.8.29(確認日2023年11月7日)
[ii] Joseph Clark, Hicks Underscores U.S. Innovation in Unveiling Strategy to Counter China’s Military Buildup, U.S. Department of Defence, 2023.8.28(確認日2023年11月7日)
[iii] “attritable”とは、消耗を意味する“attrition”を語源としているとされ、直訳すると「消耗できる」という意味になる。ただ、使い捨てを意味する“expendable”や“disposable”とは同義ではないとする見解もある。なお、アメリカのランド研究所の研究レポートでは、“Attritable”に「低コストで、再利用可能で、最終的には使い捨てることのできる(low-cost, reusable, and ultimately expendable)」という補足説明を付している。詳細は以下の記事を参照。
・Thomas Hamilton, David A. Ochmanek, Operating Low-Cost, Reusable Unmanned Aerial Vehicles in Contested Environments, Rand Corporation, 2020
・Stew Magnuson, The Meanings of ‘Attritable’ and ‘Expendable’, National Defense Magazine, 2022.2.9(確認日2023年11月15日)
https://www.nationaldefensemagazine.org/articles/2022/2/9/the-meanings-of-attritable-and-expendable
[iv] Noah Robertson, Pentagon unveils ‘Replicator’ drone program to compete with China, DefenceNews, 2023.8.29(確認日2023年11月7日)
[v] Joseph Clark, 2023.8.28
[vi] Andrew Metrick, For Replicator to work, the Pentagon needs to directly help with production, Breaking Defence, 2023.9.7(確認日2023年11月7日)
[vii] Andrew Metrick, 2023.9.7
[viii] Sue Halpern, A.I. and the Next Generation of Drone Warfare, The Newyorker, 2023.9.15(確認日2023年11月7日)
https://www.newyorker.com/news/news-desk/ai-and-the-next-generation-of-drone-warfare
[ix] Jack Watling and Nick Reynolds, Meatgrinder: Russian Tactics in the Second Year of Its Invasion of Ukraine, RUSI, 2023.5.19(確認日2023年11月7日)
[x] Andrew Metrick, 2023.9.7
[xi] Lauren Kahn, Scaling The Future: How Replicator Aims To Fast-Track U.S. Defense Capabilities, 2023.9.20(確認日2023年11月7日)
[xii] John Ferrari and Charles Rahr, Army of coders needed to make Replicator drone initiative a success, C4ISRNet, 2023.9.14(確認日2023年11月7日)
[xiii] Jaspreet Gill, Lawmakers, experts raise concerns over Pentagon’s ambitious Replicator drone initiative. Breaking Defence, 2023.10.1(確認日2023年11月7日)
[xiv] Chris Gordon, Replicator Drone Effort Part of Pentagon ‘Culture Change,’ Not a New Program, Hicks Says, Air & Space Force Magazine, 2023.9.6(確認日2023年11月7日)
[xv] Lauren Kahn, 2023.9.20