書評『Cyber Dragon: Inside China’s Information Warfare and Cyber Operations』Dean Cheng著

 本書は、中国の情報戦略に関する本格的な入門書である。著者であるDean Cheng氏(以下単に「著者」と標記。)は、現在ヘリテージ財団のシニアフェローを務める、中国の軍事及び外交政策、特にアジア諸国や米国との関係性を専門とする研究者であり、マサチューセッツ工科大学で博士号を取得した後、これまで民間企業や政府機関等で勤務し、中国の軍事・外交に関する研究と分析を続けてきた人物である。

 著者によると、中国人は、戦争形態をその時々の経済・社会秩序の在り方に左右されるものと捉え、経済・社会の情報化が進めば、必然的に国家安全保障への脅威も情報化するようになると考えている。そして、より深く中国人の思考を理解するためには、「情報化戦争(infomationized warfare)」、「情報戦(information warfare)」、そして「情報作戦(information operation)」という3つの概念の違いをしっかりと捉える必要があるという。

 まず、第一の「情報化戦争」とは、経済・社会の情報化を反映した戦争の在り方を表わす国家戦略レベルの概念であり、政府・党・軍が総体として、総合国力(i)を用いて敵の心理や意思に影響を与えることを目的として行う活動である。次に、第二の「情報戦」は、統合運用の重要性が高まる中で発達してきた戦域レベルの概念であり(ii)、各軍が実施する「情報作戦」を指導・調整しながら、一定の領域(=戦域)における「情報優位」(iii)の獲得とそれによる国家目標の達成を目指す、人民解放軍による活動を指す。そして第三の「情報作戦」とは、「情報優位」の獲得のため、人民解放軍自身の情報支援体制を保全しつつ敵の情報支援体制を妨害・破壊するために実施される個々の作戦活動(偵察、攻勢、防御、保全、抑止の5つ)を指す、作戦術レベルの概念である。

 私は、本書で人民解放軍のサイバー攻撃について解説されているとの期待を持って手に取った。期待通り、本書は人民解放軍に焦点を当てて中国の情報戦略の内容とその実践について解説していたが、それに止まらず、中国の情報戦略は人民解放軍だけでなく党や政府を含めた総体として進められているということが、先の三つの概念にも良く表されており、それが本書の価値を高めていると思われる。党・政府・軍の3者間に存在する相違と調整過程など、中国の情報戦略を理解する上で重要な要素が本書では語られていないものの、我々読者の目を見開かせ、理解に向けた第一歩を踏み出させるのに、十分すぎる広がりと深みを持った、絶好の入門書となっている。

 本書はすでに邦訳されているが、元々中国語の概念を英語で書き、それをまた日本語に訳していることになるので、意味が捉えづらい部分もあるかもしれない。大意をつかむのであれば邦訳本を、より詳細に意味を捉えるのであれば原著を読む、というように使い分ければ、効率的に知識を得ることが出来るだろう。(了)

(i) 中国人は、国家安全保障を単に軍事力によって達成されるものとしてではなく、政治、経済、外交、文化といった要素も関与していると認識しており、国家安全保障に関連するこれらの要素を総じて「総合国力」と呼んでいる。
(ii) 戦争研究において、戦争をいくつかのレベルに分割することはよく見られるが、その分け方については大きな議論がある。通常、戦争のレベルは戦略(strategy)、作戦(operation)、そして戦術(tactics)の3つに分けられるが、その他にも大戦略(grand strategy)レベルや政策(politics)レベル、技術(technical)レベルといった概念を用いる研究者もいる。今回本稿において用いた「戦域レベル」という語もその一つである。
 米国防総省は、戦域レベルについて、統合軍司令官の活動と米政府の政策とをつなぐものと表現することにとどまっている。Derek S. ReveronとJames L. Coorは、この米国防総省の定義を用いつつ、統合軍司令官が、米軍内部の各軍種間における調和と統合を確保するだけでなく、自身の管轄区域内の各国軍との協調を保ち、有事の際には共通の目標に向けたコミットメントを確保するという責任を負っていることに注目し、戦略が対話から生まれるものであるならば、統合軍司令官はそのプロセスにおいて重要な役割を果たすとして、戦域レベルにおける検討の重要性を強調している(https://ndupress.ndu.edu/Portals/68/Documents/jfq/jfq-70/JFQ-70_113-120_Reveron-Cook.pdf)。また、米陸軍大学のMichael R. Matheny教授は、同様の理由から戦域レベルの重要性を強調しつつ、現在の米軍内部では有事の際の戦域レベルのドクトリンが未発達であることから、有事ドクトリンの早急な構築が必要と論じている(https://ndupress.ndu.edu/JFQ/Joint-Force-Quarterly-80/Article/643103/the-fourth-level-of-war/)。加えて、米国防総省の「Department of Defense Dictionary of Military and Associated Terms」の「Theater Strategy」という語の意味について、各作戦活動と国力を構成する他の要素との統合と調和を図るためのビジョンという定義付けがなされている(https://www.jcs.mil/Portals/36/Documents/Doctrine/pubs/dictionary.pdf)。
 以上のように、戦争研究における戦域レベルの重要性は、統合作戦の遂行に当たって軍種間及び軍事力とそれ以外の国力の要素との間の調和をいかに保つか、という命題と深い関係を有している。
 一方、作戦レベルについて、先述の「Department of Defense Dictionary of Military and Associated Terms」では「ある戦域ないしその他の作戦領域において戦略目標を達成するために、主要な作戦や戦役を計画、実行、維持する」場として定義しており、各要素の統合を図る戦域レベルの下、主要な作戦や戦役を実施するレベルと捉えるのが妥当である。
 「情報戦」の展開される場について、本書では「at the Campaign Level」と表現され、邦訳版(『中国の情報化戦争: 情報心理戦からサイバー戦、宇宙戦まで』(翻訳:五味 睦佳、鬼塚 隆志、木村 初夫))ではこれを「戦役(作戦)レベル」と訳している。三度「Department of Defense Dictionary of Military and Associated Terms」を参照すると、「campaign」は関係しあう複数の作戦行動から成り、その計画には統合という命題が強く反映されていることが分かる。本来「campaign」は「戦役」と訳すが、本書で語られる「情報戦」が人民解放軍における軍種間の統合作戦と深い関係を有していることから、文脈上これを戦域と訳することが適切と考える。
 また、邦訳版では、「情報作戦」を「戦術(Tactical)」レベルと位置付けているが、本書で論じられる「情報作戦」が、ある一定領域における情報優位を確立するために展開される複数の任務の集合体である以上、これを「作戦」レベルと考えるのが適切であると考える。
(iii) 「情報優位」とは、ある特定の時と場所において、情報の内容及びその情報の流れに対するコントロールを確立することである。人民解放軍では、将来の戦争を決定づける要素として、この「情報優位」の獲得が位置づけられている。

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